モールで見た2つの列の話 #855


 

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どちらが良いとは言えないのだけれど、どうせならこういう生き方が良いかなと思った話。

先日、近くのモールに2種類の列が出来ていた。

写真で見えるのは、大人が中心となっている長い列。水辺の方から200mほど並んでいるのが見えた。どうやら新春絡みで、福引き券のようなものがもらえる列であるようだった。

もう1つは、手前のスケートリンクを見て分かる通り、スケートをやりたい子どもとその引率の親の列。結構盛況で10組ほどが並んでいて、大人も含めると常時20人ほどがスケートリンクの上にいた。

といってもアイススケートではなく、遊興施設にありがちな持ち運び可能な素材で作ったツルツル滑るエセスケート。それでも子どもたちは一生懸命滑っていた。

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長女は、スケート初心者だ。はっきり言ってド下手。当たり前だけど。

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ヘルメットを着用しサポーターをヒジとヒザにつけているとはいえ、まぁ転ぶ。ズドン、バタン、と、なかなか良い音をさせながら前に後ろにひっくり返っている。

スケートの難しいところは、スキーと違って体重を板に預けたりすることが出来ない点。あくまでも、自分と地表との接点のバランスでもって、カラダを支えなければいけない。そしてその重心の置き場は、歩いているときとだいぶ違う。前でも後ろでもなく、真上に置かねばならない。

なのでよく怪我しないなと思うぐらい、本当にドタバタとよく転ぶ。足が180度ぐらい開いて転んだりもする。お尻は30回以上強く打ち付けてただろうか。普通に痛いと思う。

しかし長女は泣かない。相当に痛そうな着地の仕方を何度もしていたが、基本的には3秒ぐらいで起き上がる。

「アイシールド21」で有名になった、「ダレル・ロイヤルの手紙」に、このように書かれていたのを思い出した。(ダレル・ロイヤルはテキサス大アメフト部の名コーチ)

今まで打ちのめされたことがない選手など、存在したことはない。

ただし、一流の選手はあらゆる努力を払い速やかに立ち上がろうと努める。

並の選手は少しばかり立ち上がるのが遅い。

そして敗者はいつまでもグラウンドに横たわったままである。

長女は一流のアメフト野郎な気配を感じさせるほど、異様な早さで立ち上がってはコケを繰り返していた。20分間の持ち時間のなかで、一人で適当にではあるが滑れるようになっていた。結構驚いた。

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一方、奥の方に目を向ける。

相変わらず、大人たちが福引き券の列に並んでいる。

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別にいいのよ?いいの。

なんというか、否定する気持ちは毛頭ない。

が、転ぶ痛みやコケて恥ずかしい気持ちと戦いながらスケートを滑る子どもたちを見る一方で、ただ列に並ぶことで何かをもらえることを期待する大人の列を見て、なんだかなぁという気持ちになった。

別にこの人たちがどうこうじゃない。ただ、自分はそういう生き方をしてやしないか?と気になった。俺大丈夫か?と思った。

列に並びさえすれば何かがもらえるのを期待するというのは、例えば良い学歴さえ持ってれば社会でうまくいくことを期待したり、良い会社に入りさえすれば沢山お給料がもらえるということを期待したり、日本に生まれてるからにはいつまでも安全も水も未来も保証されているということを期待したりするのと、精神構造上はあまり変わらないのではないか。

そして、そういう生き方は、人生のほんとの醍醐味を見つけることなく、終わっていくものなのではないかと僕は考えている。

空腹に耐えなければ美味しいご飯は食べられないし、筋肉痛に耐えなければ筋肉は付かない。勉強が嫌いでも勉強しないと知識は身に付かないし、強制的な矯正をかけてかないと、人間に成長はない。

痛みや恥ずかしさを乗り越えながら滑っている子どもたちは、本当に顔がキラキラしていた。並びさえすれば券がもらえる大人たちは、なんだかくすんだ顔をしていた。どちらが幸せなんだろう?

この光景に関してだけ言えば、

列の大人たちは、

no pain, no gain

な人生スタイルに見えた。

激しく戦いながら滑ってる子どもたちは、

much pain, gain much

な人生を生きているように見えた。どちらが成長する生き方かは比べるべくもない。

今思い出したけど、この日出来ていた列は、2つではなくて実は3つだった。奥さんだけはパンケーキ屋の列にしっかりと並んでいた。彼女はしっかりと大きなパンケーキを手に入れていた。

列に並んだだけで色々このエントリで言われた大人たちは、とんだとばっちりだった。

眠いのでこのへんで。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!