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少し前、国会議員当選2期目で「育休取得」を宣言して袋だたきにあった宮崎謙介議員
僕は素直にこの人スゲーと思った。一つは宮崎議員の勇気に、そしてもう一つは覚悟に。
僕の心の中には、この育休取得宣言に対する喝采とともに、宮崎議員に対する鎮魂歌が流れていた。
(Souce:衆議院議員宮崎謙介HP
***
宮崎議員が育休取得を宣言したとき、大きく3つの反論があったそうだ。ちなみに同じ自民党内から。
 
①40年ずっとプライベートもなしに働いてきた我々からしたらとんでもない。
②取得するくらいなら夫婦どちらかが議員を辞めればいい。(宮崎議員は奥さんも議員)
③こんなことで名前を売ってもダメだ。生まれたばかりの赤ちゃんなんて誰が面倒見てるかわからない。お手伝いさんとか使えばいいんだ。
むぅ、MECEかつ極めてロジカルな反対論。素晴らしい老害のにほひがする。
 
他にも、
▼やりようによっちゃなんとかなるんだから、育休なんぞ取らずになんとかしろ!
▼国会議員は暇なんだから(本会議、委員会で週3日)なんとかしろ!
▼国民の声が届かなくなるからなんとかしろ!
▼じゃなきゃ辞めろ!
という素敵な老害系意見があった模様。
 
僕から見ると、
▼やりようによっちゃなんとかなる人は育休とってさらになんとかするのがいかんのか、と思うし、
▼確かに暇だよな。くだらないスキャンダルばっかり追いかけて育児放棄ならぬ国事放棄する議員ばっかりだし、
▼国民の声は国会で寝てるじいさんたちには届いてないみたいだし、
なんも言えねぇ。。
***
反対派の方々が言うように、そんなにヘタレで覚悟も責任感もなく、世の中を甘く見ている議員が育休宣言したのだろうかと、少し宮崎議員について調べてみた。略歴を見ると、
早稲田卒(奇跡的に同い年)→日本生命→インテリジェンス系ITベンチャー→起業→当選
とな。
ここからは完全な僕の推測だけど、この人、どうやら、

「完全なるワーカホリック野郎」

だと思いますですよそこの奥さん。かなりの高確率で。日生はともかくとしても、ベンチャー勤務からの起業て人は、大体長時間高負荷なブラックな働き方をなんとも思わず、むしろそれにエクスタシーを感じる人が多い。
宮崎議員もたぶんそのクチだと思われる。
んで、そういう人はもともとが仕事が全ての人だし、家庭なんぞ省みないケースが多いし、育休なんぞ取ろうとする人種では、間違ってもない。
ここから、一つの確信じみた結論にたどり着く。すなわち、

宮崎議員は、自分の欲求のためではなく、日本社会の変革のために志を持って育休宣言をしたのであることは99.8%以上間違いない。

ということ。
 
なんでそう思うかと言うと、
▼ワーカホリック野郎なので体力はほぼ無限にあり、育休取得せずとも分単位で時間をやりくりして、子どもの相手も出来るだろうと勝手に思う。ワーカホリックの人たちは大体がタイムマネジメントが異様に上手。一瞬空いた時間でジムにいったり、ランチ食べながらミーティングしたり、人の半分の時間で倍の仕事を捌いたり。
▼どこでも食ってける能力と体力があるため、わざわざ毀誉褒貶の激しい国会議員をやる必要もないし、育休宣言なんぞして物議を醸す必要もない。まだ2期目なのに落選のリスクを負う意味が全くない。
▼なのにわざわざ国会議員になり、育休宣言なる爆弾を世にバラ撒いて蜂の巣にされる道を選んだ。
あたりが理由。自分の家のことだけならなんとでもなるのに、わざわざ色んなものを失うリスクを負ってまで正しい方向に世の中の議論を導こうとするなんて、志がなきゃ出来ないよ。エラいよ宮崎議員!
彼は自分のために育休宣言をしたんじゃない。育休を文化にするためにやったんだ!
***
ところがですね、話はドラゴンボールばりにもうちょっとだけ続くので、飽きてるかもだけど読んでほしい。
宮崎議員の勇気に対する尊敬の気持ちはいいとして、なぜ僕の心に鎮魂歌が流れたのか?
結論から言うと、僕は宮崎議員は沈むと思う。落選するか、党から干されるか、形は分からないけれど、議員としては東京湾もしくはバミューダ島あたりに沈められると思う。
理由は、事務所に届いた意見の7割が反対だったという世論。そして党内から出たという異論が大勢であること。まだまだ、世間は世知辛い。旧態依然とした意見は、結構な数の人に支えられている。
「育休取得は賛成、でも国会議員がそれやっちゃダメだよね。」という空気は、育休を必要としてない人たちからだけではなく、育休を必要としている人たちからすら上がっている。コレはツラい。
 
育休取得問題は、ほんのちょっとずつではあるが、確かに前進している。今は育休を制度で保証しているのに男性の取得者が極端に少ないため、人口減少や高齢化を防ぐ意味でいずれ義務化されるんじゃなかろうか。近い将来、男性の育休取得が「制度」ではなく「文化」になることを願っている。
が、ある意味宮崎議員が投じた一石は、ものの見事に「第一石」なのである。そして激流のなかに投じた「第一石」は、通常は沈む運命にある。
一石がいずれ十石となり、千石となり万石となって、微細な変化や進歩が積み重なって最終的に埋め立て地になって向こう岸との橋渡しが実現するとしても、「第一石」は、「あの最初の石、そういやどこいったっけ?」という存在になってしまう。
「最後の一石」が記念に賞讃されることはあっても、最初に投じられた「第一石」が記憶に残ることは、あまりない。
そういう立場に、宮崎議員はなろうとしている。勿論、僕は「第一石」を投げた人こそが本当の勇者だと思う。
 
どれだけ議論が尽くされようと、宮崎議員が世間から応援されて育休を取れることは、今の段階ではないと僕は思う。第二子、第三子のときも。むしろ、「またか」と思われるのがオチだ。
また、将来育休が文化になったとしても、「あのとき宮崎議員がやったからだ!ありがとう宮崎議員!」ともならないと思う。たぶん賞讃されるのは、その制度を通したそのときの現役議員だ。
「そういや吉田松蔭て本人は大したことやってないけど、高杉晋作も久坂玄瑞も伊藤博文も山県有朋も、みんな吉田松陰の松下村塾出身なんだよな。なんで知られてないんだろ。」といった感じで、後世の歴史家に埋もれた功績を見つけてもらうようなポジションになる。そしてそうなる保証はどこにもない。
そんなわけで、沈むであろう確率が極めて高い、しかし志溢れる提言を世に問うた宮崎議員を、僕は心の底からスゲーと思うのである。
こういう議員さんが増えるといいなぁ。知り合いになれないかなぁ。こういう人は、落としちゃいけない人だと思う。
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

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