ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

知覧に行ってきた話その1(出来事編) #888

time 2016/02/15


 

※知覧に行ってきた。このエントリでは、見てきたもの、体験したことについて淡々と書くこととする。ものすごく淡々と書くのでその他については別途書く。戦争とか歴史とか日本とか右とか左とか、そういうものに30歳ぐらいまで一切興味のなかった僕が、「悲しいまでに盲目的に幸せな一般人」の目線で書くことに、一定の意味はあろうかと思う。

 

 

2月13、14日と、鹿児島は知覧に行ってきた。僕は鹿児島に行ったこともなければ、知覧に行ったこともない。初めてづくしの旅となった。

この場合の「知覧」というのは、ほぼほぼnearly equalで「知覧特攻平和会館およびその周辺施設」のことを指す。先の大戦の記憶を色濃く残す場所だ。

始発の便で鹿児島に到着すると、そこからレンタカーで約70分。「日本を変えよう」という、意識低い系の人たちからすればちょっとアブナい仲間たちとともに知覧に向かった。

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知覧は、先の戦中最も有名な「航空特攻作戦」、いわゆる「特攻」において、全特攻戦死者1036名のうち半数近くの439名が出撃したとされる知覧基地を擁していた。特攻と言えば知覧、知覧と言えば特攻というぐらい、両者は密接に関わっている。

そしてまたそれが故に、一般人の感覚からすれば、少し縁遠い場所であり、一部にはアレルギーを持ってる人もいることと思う。僕がそうであったように。

 

知覧に着くと、まずは武家屋敷群の散策。綺麗に刈り込まれた緑に囲まれ、江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。いくつかは閲覧用だったが、いくつかは実際に人が住んでいるようだった。危なく無断で入るところだった。

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このあたりは、映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」(製作総指揮:石原慎太郎)や、「ホタル」(主演:高倉健)のロケ地となっている。全く知らなんだ。

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次の目的地は「ホタル館 富屋食堂」

富屋食堂は鳥濱トメさんという方が開いていた食堂で、知覧基地から出撃する特攻隊員の方々の面倒を見ていたため、「特攻の母」と呼ばれた。最盛期にはどれが子どもでどれが孫だかよく分からなかったとか。

ここには店主トメさんと特攻隊員の方々の交流の様子や、出撃の際の別れの言葉、普段の何気ないやり取りなどが遺されていた。僕が見た限り、特攻隊員の最年少は17歳、最高齢でも25歳だった。片方は僕の半分、もう片方は僕の10コ下。

入館後5秒で涙が溢れた。(詳細は「想い編」にて)

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お昼ご飯は「知覧茶屋」にて。

トメさんの実のお孫さんが経営されるお店で、知覧に来た人は必ずここでご飯を食べると言っても良い場所。芸能人も多く訪れているようだ。ご飯はなんて言うんだろう。パーフェクトな味だった。黒豚とんかつも釜飯も、何ならご飯粒もみそ汁も、めちゃめちゃ旨い。

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午後はいよいよ特攻平和会館へ。中は録音、撮影禁止のため。外観しか撮れなかった。勿論、撮るつもりもなかったが。

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中に入ると、語り部の方のお話を聞くことが出来た。

陸上自衛隊出身の方で、見た目の気合い十分。しかし予想に反して語り口は非常に穏やかであり、史実や特攻隊員たちの当時の様子を淡々と述べる一方で、「判断するのは皆様方ですよ。」といったような優しさがあった。決して押し付けがましくない、それでいて自分の頭で考えなければいけない責任のようなものを感じた。

同時に、「歴史」というものは常に勝者が作るものだということを思い知ることとなった。

会社に残れたある意味勝者と言っていい側の人間が、会社を不本意ながら去った人間について「あいつはいずれいなくなると思っていた。」とか、思い出したように別の人間が「そういえばあいつはこんなことをしていて、当時から怪しいと思っていた。」とか言い出して、いつの間にかそれが事実かのように広まってしまうのと似ている。

退職した人間が別方面で成功したとしても、なぜか「あいつにノセられてる顧客がバカに違いない。」とか、「どうせ悪いことをしているに決まってる。」といった根拠のないことを平気で言うのが人間。その大規模版が、世界の歴史というものであろう。

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内部には、全特攻出撃者のうち半数近くを占める知覧の特攻隊員の方々の遺書が、当時の顔写真とともに何百と並んでいた。何百と。全員、死んだということだ。

当時、妻帯者は特攻隊員として優先順位を低く設定されていたため、畢竟、若者がその最前線に立つこととなった。「お前には家族がいるからダメ」、「お前は家族がいないからよし」といった基準選定され、特攻隊員はそのほとんどが独身者で占められていた。先に書いたように最年少が17歳。18〜22歳の若者が最も多かった。

彼らは、特攻が訓示されたあと、家族に手紙を書いた。父親、母親、弟、妹、恋人。遺された手紙は、どれも家族を想う言葉で占められていた。なお、一部の手紙を除けば、ほとんどが当時の軍の検閲を通過していたということを添えておく。

字面もだが、行間にこそ、特攻隊員の方々の本音が隠されているような気がしてならない。

 

外には、特攻隊員たちが寝泊まりしたという「三角兵舎」が再現された建物があった。上空からの空襲に備え、半地下に造られたそれは、特攻隊員たちが特攻の前日に、家族に宛てた手紙を書く場でもあった。

窓もなければプライバシーも何もない、1人2畳程度の狭い空間で、隊員たちは残り1日弱となった自分の人生について振り返り、なけなしの言葉を家族に遺した。

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慟哭、誓いの碑。二度と戦争は起こしてはならないという先人たちの願い、そして戦争が決してなくならない現代世界。この矛盾、不条理を解くために僕たちが存在し、生かされているということを思い知る。

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ホタル館富屋食堂、特攻平和会館と数時間滞在したが、頭に残ったものよりも、心に残ったものが大きかった。それについてはまた別途書くとして、このあとは霧島のホテルに宿泊。設備、温泉、食事、接客、卓球台ともに素晴らしいホテルであった。

夜は丑三つ時を超えてなお、語ることを誰一人止めなかった。全員が、自分の生きる意味や与えられた役割について深く考え、これからの生き方を見直そうともがいていた。

※参考文献

知覧に関する本は色々あるが、ドラッカーや7つの習慣のように、本気で取り組む前に軽い本から挑みたいという方はこちら。漫画だからといって決してバカにせず、ぜひフラットな気持ちで読んでほしい。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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