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タイトルの通りで、

メガネをかけて腕を組んで黙っている人は、十中八九、賢く見える。

という法則がある。写真に写っている男性(通称:ザック)もそのクチで、僕は彼が本当はいわゆる「UKC」、つまり
▼薄い
▼軽い
▼チャラい
だけの漢であるということに気づくのに、たっぷり1年ほどを要した。
彼がこのポーズをとると、なにはともあれとても賢そうに見えてしまう。そして実際、ちょっとだけ気の利いたことを言ったりする。中身のほとんど存在しない空虚なことを言っているのに、なにか含蓄がありそうに聞こえてしまう。
「青い空はやっぱり青いなぁ」とか、「頭痛が痛いのが頭痛の種ですよね。」とか言ったりしても、なんかそれらしく聞こえてしまう。
そうして1年ほど、正体に気づくのに時間がかかってしまったのだ。
ちなみに横の男性(通称:熊)は

太っている人は大体良いヤツで、しかし大体動きは鈍い。

という法則を見事に体現している。
自分で企画したイベントに寝坊して来られなかったり、仲間内で一人だけレースに申し込みをしてなかったり、あるセミナーで講師に質問をしたら、質問をしている間に何を質問したかったかを忘れてしまったりしていた。
***
しかし面白いことに、人は見た目から来る他者評価によって、少しずつその在り方を変えていく生き物なのだということが最近分かった。
単なる「UKC」なはずのザックは、メガネをかけて腕を組んでいることで賢そうに見えていただけなのにも関わらず(実際は何も考えていなかったにも関わらず)、どんどん賢く優秀になっていって、いつのまにかとある資格塾のトップ講師になってしまっていた。
見た目から繰り返される「賢い」という他者評価が本人に刷り込まれていき、それがいつのまにかそういう振る舞いを生み、実際に賢くなっていってしまったようだった。
当初の勘違いを含めた他者評価に、現実が追いついた形だ。
これはいわゆる「立場が人をつくる」という構造とも似ている。部長になって1日目にはまだ課長っぽさが残るが、1年ぐらい部長と呼ばれ続けると、部長らしくなる。
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逆説的にこの現象を捉えると、我々一般人が取るべき漸進的に前進するための手法も見えてくる。
まずは「それっぽく振る舞う」ことだ。
トップ営業マンになりたければ、トップ営業マンらしく振る舞う。良い靴を履き、良いペンを差し、良いスーツを着て、良い胸板で商談に臨む。それだけで、他者の見る目は変わり、時間はさておき、結構結果は変わってくる。
自信がないのであれば、とりあえずTwitterやFacebookぐらいは自信ありげなことを言ってみる。他人からは自信のある人に見え、それが翻って自分に返ってきていい感じに潜在意識への刷り込みとなり、いつのまにか自信が少しずつ芽生えていく。
昔あるセミナーで、末期ガンの女性が、「そろそろ末期ガン患者でいることに飽きてきたんですよねー」と、会場中がびっくりするようなことを言っていた。
末期ガンであることを告知されてから絶望し、追いつめられて半ばヤケになりながらもプラスの言葉を吐いていたら、いつの間にか周りからは「元気な人」と認識されるようになり、それが自己認識を変え、「末期ガンだけどガンとか関係ないし!」という姿勢に変わったということだった。
「末期ガン患者でいることに飽きる」とは、想像できないレベルの悟りだ。彼女は今も元気に、ガンと戦っている。
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こういう、「ニワトリが先かタマゴが先か問題」というのは世の中に沢山ある。
結論から言うと、ニワトリを養鶏場から買ってくるか、養鶏場で買ったタマゴを育てればいい。つまりはどっちからでもいいから、それっぽいところから始めてみればいい。
ニワトリはタマゴを孵化させないと育たないし、タマゴはニワトリがいないと産まれないから・・・と、何もしないための言い訳をつらつらと述べているより、メガネをかけて腕を組んで、中身がなくてもなんか賢そうに振る舞っている方が全然いい。
本当に何も考えていないことは、ほんの一部の人にしかバレない。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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