スゴい人に対する「スゴいですね!」→「普通ですよ?」のやり取りを科学する。 #893


 

僕の経験上、ある種類の人にある種のコメントをすると、

「普通ですよ?」

という返答が返ってくる。

どういう人にどういう話をした時かと言うと、

①スゴいことをやってる人に

②「スゴいですね!」

と言った時だ。

今日はこのやり取りを科学してみたい。

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僕の友人に、「10年前から朝4時起き」の漢がいる。

その話を聞いたときに、「スゴいですね!」と僕は言った。

彼は、「普通ですよ?」と言った。

▼朝4時に起きて

▼朝イチのコーヒーを飲んで午前9時までにはほとんどの仕事を終わらせ、

▼昼間から夕方にかけては顧客にバンバン逢って価値を提供しまくり、

▼夜はほとんどの誘いを断って22時には寝る

という端から見るとストイック極まり無い生活を送っている。そんな彼にとって、この生活は「普通」らしい。

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僕には、囲碁のプロ棋士という風変わりな職業の友人がいる。年齢は1回り半ぐらい離れているが、非常に気が合う。彼は、

▼小学生の頃からプロになると決めており、

▼中学生で他の神童たちを押しのけてプロになり、

▼高校には行かずに朝から晩まで囲碁漬けで、

▼現在は新進気鋭の昇り龍として、業界の中心人物になりつつある。

という漢。

「スゴいね!」と僕は初めて逢った時に彼に言ったが、彼は、

「普通ですよ?」と返してきた。プロになる人間は大体こういうライフスタイルが「普通」らしい。

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大学以来の友人でフルマラソンをやってる人間がおり、現役の頃は大して速くなかったのに、いまやアマチュアランナーにして2時間30分切りを果たす漢がいる。彼は、

▼朝20km、夜20kmの練習などを普通にこなし、

▼マラソン会場まで走っていってレースに出場し、帰りも走って帰ることもあり、

▼よく分からない筋肉の病気なのに治療しながら走り続け、

▼月600kmぐらい走る

というスタイルをずっと続けている。「スゴいねあんた!」と騒ぐ僕に対して、彼は「普通だよ?こんなの。」と言ってきた。彼の「普通」は、普通に普通じゃないのだが。

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決意は、努力となり、それはいずれ習慣となる。ひとたび習慣になると、それは当人にとっては「普通」であり、「当たり前」となる。初めた当初は「ツラい」とか「キツい」と感じていたかもしれないが、習慣化されてしまうと、その苦しみさえも「普通」になる。

だから朝4時起きも「普通」だし、中学生でプロになるのも「普通」だし、月600km走るのも「普通」となる。周りから見て「スゴい」ことも、いたって「普通」になる。

んで、ここからが本題。

彼らが「スゴいですね!」と言われたことに対して「普通ですよ?」と応える時は、ほぼほぼ意訳としてはこう言われてると思った方が良い。

「いや、あのね、あんたが俺(私)と同じぐらいの時間とお金と労力を割いて死ぬ気で練習して、それでも俺と差があったら『スゴい』って言ってくれていいよ。だけどね、あんた絶対俺と同等の代償、払ってないだろ。払ってなくて、何もしてなくて、口先だけで『スゴい』って言ってるだろ。スゴくないんだよこんなの、やることやってれば。」

というわけであまり安易に「スゴいですね!」とは褒めるのも、考えものである。一部のホンモノの人たちにとって、その言葉は、ある意味で侮辱になるからだ。

「スゴいですね!」と褒める資格が自分にあるのかどうか、よく考えたい。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!