ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

知覧に行ってきた話その3(俺の歴史観 青年期編)#895

time 2016/02/22


 

※知覧に行ってきた。このエントリでは、日本の歴史・・・の前に、僕の歴史観の歴史について触れておきたい。戦争とか歴史とか日本とか右とか左とか、そういうものに30歳ぐらいまで一切興味のなかった僕が、「悲しいまでに盲目的に幸せな日本人」の目線で書くことに、一定の意味はあろうかと思う。

 

知覧に行ってきた話その1(出来事編)はこちら。

知覧に行ってきた話その2(俺の歴史観 少年期編)はこちら。

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僕は29歳になっていた。

相変わらず、日本のことは大して好きではない。「まともな教育」を受けてきた身としては、日本が戦中にやってきたことや日本の色んな意味でのショボさというのは、自分の生まれた国だったとしても甘受できるものではない。そう思っていた。

一方、仕事では大きな変化があった。

生命保険の仕事に転職してから初の「転勤」を経験した。保険マンとしてスカウトされた名古屋から、生まれ育った東京へ。(名古屋には、新卒から3年間は前職で、今の仕事でも3年間、計6年お世話になった。)

言うのは簡単だけれど、フルコミッションのこの仕事においては、転勤は簡単なことではなかった。名古屋でそこそこうまくはいっていたので、生まれ育った土地とはいえ、東京に転勤するということは、この仕事をもう一度最初からやるのとほぼ同等だった。

僕は、これから迫り来るであろう嵐に向けて、何か自分の「芯」のようなものを作りたいと、思い始めていた。

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ちょうどその頃、スキルやテクニックよりもミッションとかパッションとかに興味があったので、こんな本を読んでいた。SBIホールディングスの北尾吉孝氏が書いたものだ。

「何のために働くのか」と重々しいタイトルが書かれていた。

その中に、「優れたビジネスパーソンになりたいなら、歴史を学べ。『致知』を読め。人間力を身につけろ。」と書いてあったと記憶している。(この本自体が致知出版者から出ていたことをさっき知った。)

ビジネス×歴史

にシナジーがあるという概念を初めて知り、なんとなく分からないけれどなんとなく感じるものがあった。メリットがあるなら歴史を勉強しなければならない、と僕は思い始めた。「メリット」で動くあたり、ナウで軽薄な若造だったと思う。まだ、信念とかそういうものはない。

また、「致知」なる雑誌の名前を目にしたことで、一つの記憶が浮かび上がってきた。そういえば、この雑誌を以前、尊敬する上司から紹介されて、そして無視したんだった。だって表紙がおじいちゃんだったんだもん。こじはるなら買ってた。

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「致知」を読むようになって、いくつか驚いたことがある。

まず、僕が「まともな教育」を通して学んできた歴史と、全く違うことが書いてある。しかも「お国万歳!天皇万歳!」といった狂気のテイストではなく、理路整然と、僕が知らなかった、習いもしなかった近現代史のことが書かれていた。

日本が戦争を始めた理由、勝てない戦に突き進んだ理由、その後奇跡的な復興を遂げた理由。

僕が今まで一度も習ったことの無かった、歴史の「理由」がそこには綴られていた。「出来事」ではなく「理由」が。

学校で習ったことも、新聞やテレビでやっていることも、アメリカのやってることも全部正しくて、真実は1つだと思い込んでいた僕にとって、それはとても新鮮な驚きだった。

「歴史とは、勝者が作るものである。」ということを、初めて知った。そこから、歴史を勉強するようになった。どうも、日本はただのショボい国ではないらしいと、29歳にしてやっと気づくことになった。

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もう一つの驚きは、日本に素晴らしい企業が沢山あったということ。外資系は◯、国内系は×、と頭の中が完全な二元論になっていた僕は、中長期的な成長にかけては世界一とも言える日本の企業の素晴らしさを、致知で初めて知ることとなった。

世界的には名が知られていない、しかしずっと成長し続けて、そしてバブルや景気に左右されることもなく、人々に価値を伝え続けている。そんな企業が日本には沢山あるということを、初めて知った。

ちなみに日本には創業100年を迎えている会社が約26000社、200年が約1200社、300年が約600社、400年が約190社、500年が約40社あると言われている。世界の創業200年超えの企業の約半分が、日本に集中している。ハンパねー。

どうやら、「まともな教育」で習ってきた認識を、そろそろ変える必要があるのかもしれない。そんなことを感じ始めた、29歳だった。

調べれば調べるほど、日本は素晴らしい国であり、日本人は素晴らしい民族であり、日本企業は素晴らしい企業であるということが、分かってきた。

「日本企業はダメだ。」と言っていた親父の真意は、「だからこそ、どげんかせんといかん。」という意味だったのだということを、ようやく知ることとなった。

ビジネス力の向上という、浅はかなメリットからはじまった僕の歴史の勉強は、そこにひとかけらの国に対する愛が付録されるようになっていった。なんだか、色々嬉しかった。

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「日本は嫌い」、「日本はダサい」、「日本はショボい」と思い込んできた29年間は、日本に関するマイナスな情報だけを仕入れる29年間であったと思う。

言い訳させてもらうと、「マイナスな情報ばかりを仕入れている」と認識することすら、僕には無理だった。なぜなら、それに気づく機会が皆無だったからだ。情報は、その仕入れ元を完全に信頼している限りは、それを疑うということを考えつけない。

人間は、成人するまでに約13万回ほど、マイナスな言葉を親や近くの人間から浴びせられて育つのだという。なのでポジティブになりたければ、頭でそれを理解するだけではなく、自分に対して最低13万回はポジティブな言葉をかけ続けることがある。

それと同じで、日本に関するマイナス情報だけではなく、プラスの情報も意識して入れていき、そこから自分なりの自分の国に対する姿勢を考えたい、そう思うようになった。

ちょうどその頃、長女が生まれた。それまでの僕は、自分の人生は、自分が死ぬまで続き、そこで終わると思っていた。しかし長女の成長を見るにつけ、生まれて初めて、人生のレンジを自分が死んだ後にまで伸ばすことが出来たように思う。

思考のレンジが、「人生80年」ではなく、「娘の分も入れて人生100年」になった。不思議な感覚だった。求めていた自分の中の「軸」が、少しずつ固まってくる感覚があった。

(続く)

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。