「7つの習慣」の誰でも知ってる「緊急性」と「重要性」の話における、生産性云々の話以前に大事なこと #911


 

タクシーの運転手さんに普段は怒らないのに珍しく怒ってしまった話。

 

僕は普段、結構温厚である。

デブと言われようが事実だから怒らないし、仕事が出来ないと言われようがそれも事実なので、ありのままに受け止めることにしている。

 

ある凄腕の方が言っていた印象深い言葉があるので先に紹介すると、「誤解を恐れずに言えば、1対1で比較的自由にサービスを提供するタクシーの人は、1対多で時間厳守のなかサービスを提供する電車の人より、人材の質は有意に低い。」とのこと。

僕もぶっちゃけてしまえばその意見は賛成だ。コモディティ化したサービスであるということも手伝って、おお!この人!という人に出逢うことはない。

と思いつつも、タクシーの運転手さんにも、怒ることはまずない。

道を知らなくてもナビ入れてもらえば問題ないので怒らないし、前なんかはおじいちゃん運転手さん過ぎて、六本木の交差点で曲がると同時に人にぶつかってたけど、怒らなかった。(時速0.5kmだったのでなんとか事故にならず。すぐ降りたけど。)

道を間違えて遠回りになったときは、その分は割り引いてもらったけれども、チッとか舌打ちをするようなことはなかった。ちなみにある中堅企業の役員は、タクシーの運転手さんに後部座席から罵声と蹴りを浴びせてたらしい。

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んが!今日は怒ってしまった。

普段ならあまり気にせず温かい目で見守るのだけれど、今日の運転手さんは

▼そもそもの道を知らず、

▼結構なスピードで運転をしながら、

▼片手でナビを操作し、

▼そのナビを押す指がプルプル震えながら、

▼「めぐろ」と打ちたいところを「もはし」とか打ってて、

▼それを2回ぐらいプルプル繰り返しながら運転を続け、

▼ナビに集中しすぎて蛇行運転しまくり、

な状態だった。なかなかの連続コンボ。

 

僕はついに言ってしまった。

「運転しながらナビやったら危ないんじゃないですか?」と。

普段なら事実だけを指摘するのに、声色には出さなかったが、明らかにイライラを込めて言ってしまった。

結局、運転しながらナビを打ちまくりながら打ち間違えまくる運転手さん、およびそれをイライラを込めて指摘してしまった自分自身にイライラしながら、目的地でタクシーを降りることになった。宜しくない終わり方だった。

普段イライラしないのに今日はイライラしてしまった理由については諸説ある。運転手さんが道を知らなかったこと、運転しながらナビを入れたこと、その入れた先が何回も間違えていたこと、蛇行運転していたこと。

しかし最も大きな理由としては、

「僕が急いでいたから」

というのが正解。

そう、僕は急いでいたのだ。もう少し専門的に言うと、

「緊急性に支配されていた」

のだ。

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「7つの習慣」では、「緊急性」と「重要性」の2軸でタイムマネジメントを考える。

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(Source:Franklin Planner

このマトリックスの教えは、「7つの習慣」の第3の習慣(最優先事項を優先する)を達成するために、

物事の「重要性」にフォーカスを当てて意思決定したり労力割いたりしなさいよ!つまり第2領域優先ね!

というもの。おっしゃる通り。

長期的成功のためには、第2領域優先というのはよく理解しているつもりだ。僕はここを優先することで、今の場所まで上がってきた。(ダイエット以外)

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ただ今回感じたのは、他の領域に関するもっと直接的なデメリットについてだった。

第2領域の中長期的なメリットも良いのだけれど、それ以上に、単純に「緊急性」に支配された領域に巻き込まれると、

余裕がなくなりイライラする

ということがよく分かった。生産性がどうのとか効果性がどうのとかそんなのはどうでもよく、ただ単純に感情がマイナス側に乱されて終わるのだ。

第1領域であれば、「緊急性」に加えて「重要性」があるからまだいい。上記の表にある「自分がファシリテートする会議の取りまとめ」なんぞは、確かに大変だけどやりがいは感じられると思う。

しかし第3領域は違う。単に「緊急性」があるだけで、かつ「重要性」が全くないので、達成感も開放感も何もない。ただ単に余裕がなくなりイライラするだけである。そのこと自体にもあとでイライラしたりする。

僕は今回の出来事で今まで理解しきれなかった特定分野の人の特定条件下における生理反応の意味が、ようやく分かった気がする。

「朝のママさんが殺気立ってるのは、こういう理由だったんだ。」と。

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朝のママさんは、どこの家庭でも基本的にいつも余裕がなくイライラしている。

子どもは起きない、旦那も起きない、幼稚園の時間は迫っている、ご飯の用意も誰もしない、「ハンカチどこー?」とか聞いてくる、そしてそいつ(子どももしくは旦那)はそのハンカチを探そうともしない、トイレは並んでいる、どいつもこいつも役に立たない。

なるほどそれは殺気立つわな、と同情もするけれど、その根本原因は朝の多くが「緊急性」だけに支配された空間になりがちだからだ。3時のおやつの時間帯に同じぐらい殺気立てと言われても、なかなかできる人はいないだろう。

 

繰り返しになるけれど、「緊急性」に支配されると、よほど器の大きな人間でない限り、余裕がなくなりイライラすることになる。

確かにインドで10時間以上寝台列車に揺られていて時間に余裕のあったときは、うっかりう◯こを漏らしたけどイライラもしなかったし、う◯こを漏らせる自分の器の大きさにむしろ感心したものだった。

なお、「7つの習慣」に関するエッセンスに関しては、こちらのメルマガでかなりフランクに学ぶことができる。レベルも高く常に本質的な問いを投げかけてくれるのでおすすめ。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!