ふん詰まったらWhatよりもHowよりもWhyに立ち返ろう #923


 

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物事を突き詰めていくと、必ず壁にぶつかる。

初心者のうちは、何をやっても楽しい。勿論実力は大したことがないので失敗ばかりなのだけれど、物事を始めたとき特有の高揚感からか、失敗なんのそのという気になれる。

失敗に対する恐怖がないのでトライ&エラーが進み、PDCAが何百回と回され、そして当たり前のことながら上達する。それはそれは楽しい作業だ。レベル1からレベル10ぐらいまでは、1回の戦闘で3つぐらいレベルが上がることも珍しくないのはドラクエの世界と一緒だ。

しかしある一定レベルになると、途端に壁が姿を現す。僕の知っている僕と同時期に生きる偉人たちは、壁が現れても関係なくそれを鉄拳で破壊することができる。それはそれは見ていて気持ちがいい。

でも自分がそれを出来るかというと、まぁあまりうまくいかないんだこれが。拳が鍛えられてないので、ヘタをすると骨折をする。こう見えて華奢なので。

んで、今日は数限りない壁と向かい合って、素手で壁を壊すことが出来なかった僕が、それでもどう壁を乗り越えてきたかについて、その具体的な方法論について書いてみたい。

とはいっても、種明かしするほどのことではない。壁の乗り越え方、壊し方は非常にシンプルだ。

ふん詰まったら、WhatよりもHowよりもWhyに立ち返ろう。

ザッツオール。これ以上ないぐらいシンプルな方法論だ。

僕の場合、この1年ほど取り組んでいる囲碁でこの方法を度々使っている。

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僕は、「羅王さんなら半年で五段取れますよ!」と師匠に言われて囲碁を始め、結局のところ半年で初段を取った。そして先日、囲碁を始めて1年で三段を取った。まぁ悪くない、しかし当初の目標からすれば大幅にビハインドした形となった。

三段ぐらいになると、やらなければならないことが、より具体的になってくる。

「詰め碁」と呼ばれる、石の生き死にに関する細かい手順を理解し、そつなくこなすことが求められる。

「手筋」と呼ばれる、「かめはめ波」とか「魔貫光殺法」みたいな必殺ワザを身につける必要がある。

「布石」と呼ばれる、序盤の大まかな石の配置に関しては、高段者に対しても遅れを取らない大局観を持っていなければならない。

これらの知識を蓄え、本番で使えるようにするには、一定量以上の詰め込みと実践が必要になってくる。正直、「俺、何やってるんだろう?」とたまに思わざるを得ないようなこともある。強くなってる実感がないのだ。

そんなとき、以前は「より分かりやすい詰め碁の本」や「より面白い手筋の本」を探して購入したりしていた。WhatやHowをよりたくさん効率よく自分にインストールしようとして、もがいていた。

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んが今回、無事締めが終わったので漫喫にこもって囲碁ブームの火付け役となった「ヒカルの碁」を全巻読破してみた。

 

結論から言うと、

めっちゃ囲碁が強くなりたくなった。

ヒカルの碁の世界観が全部分かるぐらい、強くなりたくなった。

のである。

これは、Whatをどれだけ集めるよりも、Howをどれだけ勉強するよりも、格段に効果があった。たった1つの大きなWhyが、僕に囲碁に取り組むためのエンジンを提供してくれた。

Whatよりも、Howよりも、Why

おかげで、ちょっと見える景色が変わってきたように思う。ちょっとだけ、強くなったように思う。前に感じてた壁はなんだったんだろうかと思うような感じになっている。

最終的には五段を目指している。もう何回か、「ヒカルの碁」にはお世話になることになりそうだ。

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これを各分野に応用すると、普段悩んでいることの半分は消えるように思える。

保険の仕事で壁にぶつかることは多い。壁というか城みたいな障害物が現れることもしばしばだ。あーもうだみだこりゃ、と思うこともしょっちゅうある。

そんなとき、僕はこの仕事5年目にして初めて亡くしたお客様のことを考える。当時10歳だったあの子のことを。ガンと1年戦い、そして誰よりも優しく強いまま、この世を去ったあの子のことを。「逢えて良かった」と言ってくださったご両親のことを。

そうするとあら不思議。さっきまで高く頑丈な壁であったように感じられていたものが、攻略可能な高尾山ぐらいに見えてくる。10歳だった彼が僕に教えてくれたのは、生きるということの意味についてと、この仕事を続けることのWhyだった。

 

トライアスロンの場合、普段のトレーニングではツラい思いをすることになる。

「エンデュランススポーツ」というぐらいなので、そもそも耐えることが当たり前の競技なのだけれど、それにしてもツラくなってくる。

そんなとき、僕は「そういえば何で俺はトライアスロンやってたんだっけ?」という根本的な問いに対して答えをくれる、こちらの動画を見るようにしている。超オススメ。

僕にとってのトライアスロンの全てのWhyであり、始まりである。

 

ウチでは、定期的に娘たちが生まれたときや歩き始めたときのビデオをお茶の間で流している。

まだ十分に可愛い二人だけれど、いずれ思春期になったときや、運悪く荒れてしまいそうになったときに、家庭そのもののWhyを明確にしてくれる幼き頃のビデオは、家の守り神になるはずだ。

生意気になってきた長女がどんなに生意気なことを言ったとしても、あのビデオを見てしまうと、「しょーがないなぁ。言うようになったやんけ。あうーしか言えなかったくせに。」としか思わなくなる。

怒ってるお母さん方は、子どもの生まれた頃のビデオをぜひぜひ毎日見るようにしてください。

何事もふん詰まったら、WhatよりもHowよりも、Whyに焦点を当てよう。必ず何かが見つかる。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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