最近見つけた本で、こんなのを読んでいる。

「嫉妬の世界史」〜男の嫉妬は国をも滅ぼす〜

僕にとって嫉妬と言えば、もっぱらイメージしやすいのは「女の嫉妬」。特に子育て世代だからか、「ママ友同士の嫉妬」についてはよく耳に入ってくる。
正直言えば、嫉妬に狂った人たちの嫉妬してる対象というのは実にくだらないものばかりだと思うし、だからお前らは恵まれてるのに幸せになれないんだよと、ちょっと蔑んだ目で見ていたというのがほんとのところ。
んが、その蔑んでいた女の嫉妬、ママ友同士の嫉妬すら、男の嫉妬の前では霞むというのが本書の主旨。女の嫉妬、ママ友同士の嫉妬はコミュニティをこじらせるだけだけれど、男の嫉妬はなんと国すらも滅ぼすという。
おお、マジか、と思って思わず手に取ってしまった。男の嫉妬が怖いものだとは、あまり思ったことはなかった。
***
結論から言うと、

男の嫉妬はマジでブルシット!

でございました。
曰く、
▼薩摩藩主、島津久光は開明的君主でありながら、西郷隆盛に嫉妬していた。
▼アレクサンドロス大王は、自身が抱える優秀な将軍たちの秀でた能力それぞれに対して嫉妬していた。
▼最後の将軍徳川慶喜は、江戸を火の海寸前のところから救った勝海舟に嫉妬していた。
▼アッバース朝カリフのナスィールは、自身の王朝を最後まで支えた英雄サラディンに嫉妬していた。
▼呉の帝位についていた孫権は、皇帝となってからは周瑜を始めとするどの部下に対しても嫉妬していた。
なーんてことで、世の偉人とされる男たちでさえも、嫉妬からは逃れられなかったとの結論になっている。
心の底からくだらないと思いつつも、どのエピソードの心情も、当人の立場になってみれば分からなくもないというものばかりだった。
特に自分が無能であることに気づいていて、そして部下が極めて優秀だったりする場合に起こる嫉妬については、これは何がどう転んでも避けられないのではないかとすら覆った。
くだらない、自分はそうはなるまい、自分はなるはずがないと思っていたけれど、これはちょっと考えを改めないといかんなと思わせられる本だった。
***

「ほんとアホだな、except 自分」

このように感じてしまう、あるいは勘違いをしてしまう世の中の理不尽はとても多い。
人殺しその他の犯罪もそうだし、児童虐待なんかもそう。僕からすると、満員電車から降りて一目散にエレベータに駆け込む健常者なんかも、そう見える。
あと、学校卒業してから勉強しない人とか、出来ないくせに学ぼうという姿勢がない輩なんかもそう見える。
ネットで暴れている輩もそう見えるし、個人的にはスマホゲーム会社に勤める人間の気がしれない。あんなのは貧乏人繁殖ビジネスだ。
んで、今回の本に書いてあるような嫉妬も僕にとってはあり得ないエピソードの連続なのだけれど、この「自分がそうなるはずはない」という考えについて、初めて危険だと思うに達したのは、この本のおかげだったかもしれない。
なぜなら、結局のところ、

人類がその誕生以来一度も解決出来ていない問題

が今回の本のタイトルでもある嫉妬であり、その他犯罪であり、ギャンブル依存であり、ケンカや勢力争いだからである。僕程度の人間が完全に克服できたと軽く宣言するのはいかがなものか、という視点に立つほうが、はるかに健全なのではないか。
ということで、「自分がそうなるはずはない」という視点よりも、「自分もいつかそうなるかもしれない。だからかくかくしかじかの手段を以て気をつけよう。」の方がはるかに健全だと思った次第。
あー、嫉妬こわ!
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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