親はまず、子どもに対して反対するべきなのかもしれない #947


 

漫画の世界でも現実の世界でも、子どもがやりたいことに反対する親というのは、通常はやっかいな存在として描かれる。

 

「ドラゴンボール」では、ナメック星にいってドラゴンボールを集め、自分のために死んでしまったピッコロさんを蘇らせようとした孫悟飯に対して、母親であるチチは、

「悟飯ちゃんには勉強があるだ。んなとこ(=ナメック星)行ってる暇なんかねーだ!」と全力で反対した。誰から見てもうざい親だった。

当時小学生だった僕は、こんなヤツが自分の母親じゃなくて良かった、と思ったものである。チチは、地球の平和よりも、我が子の勉強スケジュールを優先したのである。

 

サッカー漫画で有名な「シュート」でも、医師の息子であり、文武両道な平松和広は、父親から、

「サッカーなんぞやってないで早く勉強に専念して医師の道を辿れ」

と何度も通告され、サッカーを諦めるよう圧力をかけられていた。

当時中学生だった僕は、こんなヤツが自分の父親じゃんかうて良かった、と思ったものである。その父親は、自身が有名なサッカー選手であったにも関わらず、反対しやがったのである。

 

どちらも当時の僕にとって、最悪の母親であり、最悪の父親であるように思われた。

そして時が経ち、今は彼らの態度が最良のものであったのではないだろうかと思うようになった。

***

僕が35年程の人生のなかで、最も難しいと思っていることの一つが、

続けること

だ。

技術の問題も、精神の問題も、専門性も、能力ですら、続けていれば何とかなる。

生まれてこの方英語を勉強していて英語が未だにしゃべれないという人はいないし、ずっと料理を勉強しつづけてきたのに未だにパスタすら作れないという人もいない。

ほとんどの人が何かを出来ない理由は、能力が低いからではなく、続けることができないからだ、と僕は結論するに至った。

逆に言えば、続けることさえできれば、大半の技術や能力は身に付くと僕は思っている。

でもほとんどの人は続けることが最も簡単な道であると理解しているにもかかわらず、それをすることがなかなか出来ないで苦しんでいる。

続けなければ何も身に付かないが、続けることが出来ないせいで何も身に付かない。

***

んで、若い頃はそこに更に「選択肢の多さ」という一見するとポジティブな理由が加わって、続けることを難しくしている。

サッカーがダメでも野球をやればいいし、それもダメなら将棋部に入るのも手だ。数学がダメでも英語をやれば大学にはいける。1社目がダメでも2社目にいくのに、若ければそう苦労することはない。

若い頃は選択肢が多いのである。ゆえに、続けることを少し難しくしている側面がある。

子どもの「あれがやりたい、これもやりたい」なんてのはその典型で、子どもの言う通りやらせはしてみたけれどすぐやめちゃった、という経験を持つ親は、結構多いのではないかと思う。

小さい頃は、それでも良いと思う。色々な経験を積ませることで、開けてくる視野や価値観もあるからだ。バシバシやらせて、バシバシ止めてもそれは仕方がない。

だけど、ある一定の年齢になって、そろそろ何かに絞らねばならないという時期になったときには、それを続けることが出来るのかを強く問うのが親の役目の一つではないかと最近は思う。

いくら経験が大事だとはいっても、いつまでたっても全ての分野で初級程度では、社会で生きていくことは簡単ではないからだ。

***

てなわけで、精神的には応援したい場合でも、敢えて親が反対することによって、その子の続ける力を高め、結果として未来を広げることになるんじゃないかって思い始めてきた今日この頃。

親が反対するようなことというのは、その人もしくはその家にとって少なからぬリスクを伴う場合が多い。留学しかり、起業しかり、誰かさんとの結婚しかり。

反対する理由は多分にあるのだから、それを批判し反対することは、子どもの人生のリスクを減らすことにつながる。僕だって、娘に起業するよりは公務員にでもなってもらったほうが、100倍安心である。

起業したいといったところで反対することで諦めてくれれば、これに変わる安心はない。

反対したことで子どもがそれに同意し、結果的にリスクが下がればよしと言える。

 

子どもが親の反対に反対してきたらどうだろう?

反対する親を説き伏せるには、現実を見る必要がある。親の納得するデータを集め、親を説得できるほどの想いをそこに込めねばならない。場合によっては、中間報告代わりになる結果を見せつける必要がある。(留学したいならその前の英語のテストで90点以上を取ること、など)

個人的には、世の中で最大の味方である親程度を説得できずして、社会に何かを認めさせることは出来ないと思っている。

だから親の反対というプロセスを経るのは悪いことでもなんでもなく、そうでない場合と比べて、その後に物事が成就する確率が少なからぬ程度、上がるのではないかと考えている。

親の反対という圧力を跳ね返すには、それだけの能力と決意が必要になるのだ。

僕もこれから10年後ぐらいには娘たちの決断に相対することになると思う。その決断それぞれが、娘たちが考えに考えて出してくるものだと思う。

あれがやりたい、これがやりたい、ここにいきたい、ここで勉強したい、いろいろ言ってくるだろう。

だからこそ僕は、まずは反対、という立場を取ろうと思っている。

嫌われない程度に。

****

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

※羅王の個人コンサル、始めました。ご希望の方はメッセ下さい。

※Facebook友だち申請はお気軽にどうぞ。ただし最低限の自己紹介はお願いします。

※Twitter始めてみました。たまに暴言吐いてます。「羅王」で見つかるかなと