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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

(初心者注意報!)初心者ほど物事を極端に二元論で判断するが、時に迷惑なのでやめてもらいたい #951

time 2016/04/18


 

分野が何であれ、初心者は物事を極端に二元論で判断する。

二元論的に判断したところで物事が良くも悪くもならない無害な場合はいいとして、分野やシチュエーションによっては明らかに悪くなる場合があるので注意したいなと思う今日この頃。

***

僕は囲碁をやるまで、囲碁界には

A.強いプロ

B.弱いアマチュア

の2種類しかいないと思っていた。

 

今は

①20級〜6級ぐらいの初心者

②5級〜1級ぐらいの初中級者

③初段〜三段ぐらいまでの低段者(わたくしがココ)

④四段〜五段の中段者(師匠がココ)

⑤六段〜八段の高段者(師匠がココ)

=====プロの壁=====

⑥プロ初段〜プロ三段の低段者(ラン友だちがココ)

⑦プロ四段〜プロ七段の中段者

⑧プロ八段〜プロ九段の高段者

⑨プロ九段の中の一線級の神(三大タイトルリーグ戦本戦イン)

⑩プロ九段の中の一線級の神の中の神(井山裕太棋士)

ぐらいの段階があることは分かっている。ちなみに不思議なことに、長年⑧にいる40代の棋士よりも勢いのある⑥の10代の棋士が勝つことは頻繁にあり、僕の師匠は⑤にいるが⑦の棋士に勝ったりしている。

「昔強かったけど今はあまり強くないプロ」や「プロにはなれなかったが今はめちゃめちゃ強いアマ」という、一言では割り切れない存在もいて、必ずしも初心者だった僕が思い描いていた「強いプロ」と「弱いアマ」しかいないわけではない。

これは僕がある程度熟達したから理解できるようになったことだ。

囲碁の場合は、別にA-Bしか理解していなかろうが①〜⑩まで理解していようが、あまり実生活には関係ない。単に囲碁に関して造詣が浅いか深いかという程度の問題になる。

***

東京で出逢った尾崎君(仮)と桂川君(仮)がいたとして、出身地をについて語る二人の会話がこんなふうに繰り広げられた場合を考えてみたい。

尾崎君:「桂川くんってさぁ、東京生まれ?東京っぽい雰囲気あるもんね。」

桂川君:「いや、違うよ?」

尾崎君:「あ、分かった!大阪生まれだ!絶対そうだ!間違いない!」

桂川君が尾崎君を「なんだ、この短絡的発想なアホは・・・」と思うであろうことは想像に難くない。桂川君が東京でも大阪でもない1道1府43県のどこかのエリア出身である可能性が完全に頭から抜けている。東京出身でなければ大阪出身とは、いかなる単純な思考回路なのか。

ただしこれは、僕たちが日本についてある程度の知識を持っている、つまりは日本に関して初心者ではないから成り立つ論法である。

 

ブラジルに1年赴任していて、つい最近日本に帰ってきた椎名君(仮)という友人がいる。僕は彼に聞いた。

羅「ブラジルのどこにいたの?リオ?」(リオデジャネイロを「リオ」と読んでちょっとブラジル通を匂わせたい)

椎名君「いや、違います。」

羅「あ!分かった!じゃサンパウロだ!絶対サンパウロだ!」

 

やってることは先の尾崎君と全く一緒だった。

結果的に椎名君が赴任していたのはサンパウロだったから良かったものの、ブラジルにはブラジリアという首都もあれば、マナウスというアマゾン川の要衝もある。日本の20倍以上の広さのある国なので、それこそ都市の数も膨大にある。

にも関わらず、僕は「リオデジャネイロかサンパウロか」という二択しか椎名君との会話で提示出来なかった。それは、僕がブラジルに関して素人だからである。

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感情の制御が初心者な配偶者を持つと、一般的には相当苦労するものと思われる。男性目線的に最もツラい詰め方は、

「仕事と家庭とどっちが大事なの!」

というものだ。

この答えの出しようのないヒステリーを頻繁に起こす人は、感情の制御スキルが低いと思ってあまり差し支えない。

女性的には「家庭に決まってるだろ。」、もしくは「君が一番大事に決まってるだろ。」というのが模範解答になるらしいけれど、現実的には

▼起業直後は食ってくために仕事が大事。

▼締めの間際も仕事が大事。

▼でも人生トータルで見れば家庭が大事。

▼特に奥さんの誕生日と子どもの運動会は大事。

▼だけど明日が社長プレゼンならそちらの方が大事。

▼だけどその後はお詫びに有給をとって会社に迷惑をかけてでも家族旅行にいくのが大事。

▼でも取引先でトラブルが起きたらそちらの方が大事。

▼でもその途中で子どもが入院したらそちらの方が大事。

といった感じで、日々のシチュエーションや人生全体の戦略、あるいは予期しない出来事によって、仕事と家庭の天秤はお互いの優先順位をかなりの頻度で入れ替えながら互いにオーバーラップしてくる。

ある瞬間には仕事が大事であり、ある瞬間には家庭が大事なのである。中長期的に家庭であることは当たり前なのだけれど、そうは言っても食っていかなきゃいけない。

ところが、「家庭は大事だけど、でも今週は仕事が・・・」と言うダンナに対して、「じゃあ家庭は大事じゃないのね!」と短絡的に破裂する人をよくテレビで見るけれど、あと周囲からよく聞くけれど、それはこの配偶者が極めて精神的に未熟だからだと僕は思っている。失礼ながら本当にそう思っている。

今仕事を優先しなければならないということは、決して家庭が大事ではないということを意味しない。家庭は大事で、そしてそれはそうなんだけど今は仕事を優先しなければならない、そういうタイミングが望むと望まざるとに関わらず必ずある。このへんの議論は「ツマノミクスの会」で常に議題となっているが、僕は盲目的に家庭優先を貫くことが正しいとは、必ずしも思わない。

昔のおっさんたちはバランスが極めて悪かったが、今のイクメンブームも逆に触れてるだけで、同じくバランスは悪いと思う。

とは言っても、これはせいぜい家庭内の話に留まるので、各自で鋭意努力されたし。

***

初心者が物事を極端に二元論で判断することが、リアルに甚大な被害を及ぼしていると思われるのは、特に政治の世界において顕著である。

安保法制を進める際に、安倍首相は集団的自衛権に対する解釈について、自衛隊の戦力の適用範囲を拡大する方向で国民に理解を求めた。基本路線の「やられたらやり返す」に加えて、「やったら後が怖いぞという力を集団で持つことで、やられることを防ぐ」という目標を掲げた。

ところが、ある勢力はこう安倍首相を批判した。「力を持つってことは、侵略をしたい、戦争をしたいってことなんですね!最低だ!」と。

安倍さんはそんなことを一言も言ってなかった。「力を持つことで、それを抑止力として侵略されないようにしたり、戦争が起きないようにしたい。」と再三言っているにも関わらず、「戦争をしたいのか!」と詰め寄られた。

見ている側はすっきりしたかもしれないが、これは議論としては最悪の形だ。

政治の世界はプロ同士がプロの仕事をするためにプロとしての議論をするべき場で、しかもそれが国全体の浮沈に関わる意思決定に繋がるにもかかわらず、ある勢力は初心者丸出しの極端な二元論で、建設的な議論を台無しにした。

力を持たずに平和を保つ方法と、力を持って平和を保つ方法の是非と具体論を戦わせるべきなのに、前者を推す勢力は後者を推す勢力を、「戦争をしたい人たち」とレッテルを貼った。

僕としては、こういうレッテルを貼ってる時点で、貼った側が初心者であることが暴露されてるようなものだと思うのだけれど、国民の一部はそういう勢力に完全に騙されてしまった。おかげで、日本の平和がかなり脅かされたように思う。

安倍首相を批判するならそれでいいし、ぜひとも今回の安保法制を推した人間たちを唸らせて黙らせるぐらいの妙案を考えてほしいものだと思うが、きっとそういう案は出てこないのだろうと、彼らの議論の姿勢を見ていて思う。

永江さんのブログを読んで思いついた話。

結論はないけれど、もしあなたが極端な二元論しか口に出来ないのなら、少なくともその分野については初心者であるということを自覚した方が良いということかな。初心者がまずすべきは謙虚に学んでその分野の知見を広げることであって、おおざっぱで短絡的な知識を元に何かを判断することではないと思う。

そういう人が力を持つのが一番めんどくさい。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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