チャレンジ富士五湖71km完走記 その①〜予期せぬ成功も失敗も、周りからは必然に見える〜 #957


 

チームメイトでもあり心友である「熊」と「第26回チャレンジ富士五湖71km」に出場し、制限時間11時間のところを10時間32分で完走!少しだけ振り返ります。(厳密には熊とは別チーム)

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長い戦いだった。朝7時にスタートして、18時半過ぎにゴール。

制限時間がユルめだったので助かったけれど、合計15回、大小合わせて1時間半ほどトイレに籠っていた身としては、今後出場するレースに対して不安を禁じ得ない。来月には野辺山ウルトラ100kmがあるのに。

2015年9月の佐渡国際トライアスロン以来、色々あって月間走行距離1kmにも満たない日々が続いていた身としては、かなり厳しい戦いだった。

久々の71kmということもあり、正直に言えば全く太刀打ちできないまま終わったレースとなったけれど、これはこれで僕のなかで「そうは言ってもやりきった!」という自信に少しだけなった。

ありがとう富士五湖!ありがとうボランティアと事務局の皆さん!がんばろう熊本!

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では本日のお題のために、ゴール時の画像からご紹介。

完走メダルをもらい、熊とともにガッツポーズ!(厳密には別チーム)

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個人的には練習不足が祟り10kmで足が終わっていたので、ゴールしたときは本当に嬉しかった。88kgの過去最高体重で挑んだ71kmは、終わりの見えない煉獄の道だった。

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この撮影までは良かったのだけれどこのあたりから風向きが怪しくなってきた。

涙が止まらないのだ。

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角度を変えて見てみる。やはり泣いている。

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少しアップにしてみる。綺麗に涙の線が出ている。ガン泣きだ。

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アウ、アウ、オェ、オェ!

おかしい、おかしい、波打ち際に打ち上げられたアザラシのように嗚咽が止まらない。

周りの人は、完走出来たことに感動して泣いていると思ったことだろう。熊も当初そう思ってたみたいだった。

しかり、実は今回は自分のあまりの不甲斐なさに悔しいとは思いこそすれ、泣く資格はないと思っていたし、ゴールしてもそこまでのものはこみ上げてこなかった。

やはり違うのだ、100kmと71kmでは。100kmだと僕レベルのランナーでは精神が崩壊しながら走らないとゴール出来ない。71kmはまだ人間のままゴールできる。過去に流した100kmゴール後の涙と今回の涙は、全く別のものだった。

なんなら、マラソンそのものと全く関係ない理由で、僕は泣いていた。

僕は、バージンロードを歩きたくなかったのだ。

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71kmの戦いは、確かに長くツラいものだった。

だからだろうか、僕は途中から走ること以外に想いを馳せながら走っていた。

帰ったらどの焼肉屋に行こうか、タンから食べるべきかカルビから攻めるべきか。

トラジよりもやっぱり有楽町のあそこだよな。誰も知らないけどメチャ旨いあそこ。

叙々苑なんかは全然ダメだ。高いけど旨いけど高くて旨いなんて許せない。安くて旨いこそが最強だ。

 

焼肉についてそんなことを考えたら、次はお菓子についてだった。

88kgはさすがに太り過ぎだ。もうお菓子はやめよう。

でも無理はよくない、少数の例外を残し、あとはリストラしよう。そうしよう。

まず残さねばならないのはたべっこどうぶつ。そしてアポロチョコ。ビックリマンと北斗のマンもたまには食べたい。

ゴディバは苦いからいいや。でもキディランドは捨てられない。

 

そうしていくつかの食べ物を思考が巡り、一巡したところで、ふとうちの誇る1号機と2号機のことが思い浮かんできた。

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あー、1号機は「すてきなしょうがくせいになりたい。」って言ってて、つい最近なったなぁ。

あー、2号機は去年にはうちにいなかったのに、今やうちの最大勢力を築いてるなぁ。

あー、少しずつ2人とも大きくなってるんだなぁ。

小学生になって、

そのうち中学生になって、

そのうち高校生になって、

そのうち大学生になって、

そのうち社会人になって、

そのうちお嫁さんになって、

 

 

 

 

 

 

そのうちお嫁さんになって・・・

 

 

 

 

 

そのうちお嫁さんになって・・・?

 

 

 

 

 

そのうちお嫁さんになって???

 

 

 

 

 

 

 

イヤだーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

 

 

 

僕の感情は走りながら爆発した。

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そこからは悲劇だった。

どんどん頭が回り、どんどんイメージが膨らんでいく。

走ることから逃げるために色々考えていたのに、それがゆえに他のことが考えられなくなっていく。

1号機と2号機が白いウエディングドレスに身を包み、どこの馬の骨とも分からないヤツのものになるために、化粧台の前で微笑んでいる。

僕はバージンロードに踏み出すことが出来ず、ダダをこねている。しかしそうはいってもそれじゃ会が進行しないので、強制的に屈強なSP達に引きずられながら、2歳児のイヤイヤ期みたいにバージンロードを歩かされている。

牧師さんに殴り掛かって全てをぶち壊してやりたい。高砂をちゃぶ台のごとくひっくり返したい。しかしそんなことをすれば、1号機からも2号機からも絶縁されることは分かっている。だから出来ない。

1号機が手紙を読む。2号機が僕との想い出の動画を作ってくれる。

僕はそれを聞いて見て泣き崩れる。人生において最大角で崩れ落ちる。

嗚咽が止まらない。

幸せになってほしいけど出て行かないで。笑顔でいてほしいけどパパのそばから離れないで。

 

そんなことを考えながら、僕は泣きながら走っていた。

ゴール前にたどり着く頃には頭のなかで「負けないで」が流れ始め、全然違うことを考えることが出来たので持ち直すことが出来た。

しかし、ゴールと同時に心が安堵とともに真空状態になり、その隙間に例の結婚式の風景がぬるりと滑り込んできた。

もうダメだった。

僕はマラソンと関係ない話で、熊の前で大泣きした。

お嫁に行ってほしくない。あ、いやでもいつかは行ってほしいけど、でも今は行ってほしくない。馬の骨なんぞ僕が始末してやるから、ずっとそばにいてほしい。

そんなことが頭を巡りながら、涙と嗚咽を押さえることができなかった。

周りからは、「ああ、この人完走するのに出し切ったんだな。」と思われたことだろう。

誰がどう見てもそう見えたはずだ。そしてここまで述べてきたように、中身は全然違う話だった。けど、そう見えるのであればいちいち弁解するものでもないので、めんどくさいのでそのままにしていた。

僕は、「自分の力を出し切ってウルトラマラソンを完走した感動にまみれた漢」のように周りの目に映っていた。

こういうあれれなシチュエーションというのは、注意深く見てみれば、実は結構世の中に転がっている。

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経営学の大家、P・F・ドラッカーは「予期せぬ成功」というものを定義し、企業活動において意識的に大事にせよと言っている。

とある研究開発が当初思った通りの成果を挙げず、しかし後になって全く別の分野におけるキラーコンテンツになることもあるので、日々起こることを注意深く観察するようにとの教えだ。

この「予期せぬ成功」が起きると、通常は周り以上に当人がびっくりすることになる。おいおい、こんなことになっちまったぜ、と。

正直な人はここで「たまたまです。」というふうに白状するのだけれど、一部の戦略的思考を持った人間は、「想定内です。狙ってましたから。」と、さもそれが必然であったかのうように振る舞う。

脇汗をドバーっとかきながら、パンツをぐっしょり濡らしながら、しかしそれが当たり前であったかのように振る舞う。

 

「予期せぬ失敗」も同様。

周りに対しては、「この失敗は折り込み済みですから。」といったていで堂々としている人が、実は「やっべー、この失敗、致命的だわ。絶対うまくいくと思ってたのに。俺明日死ぬかも??いやマジで死んだ方がいいかも???」と思っていることは決して少なくない。

周りからは必然的に見えてることが、実は単なる偶然である、ということは、一般に思われてる以上によくあることなのである。

屈強な素材と華麗なるデザインで造られたゴールデンゲートブリッジを渡ってるように見える人も、実は単なる幅1cmの今にも切れそうなロープを震えながら渡ってるだけだったりするのである。

ウルトラマラソンを完走して号泣している僕も、実態は単に娘離れができずダダをコネてただけなのである。

 

見えているものだけが全てとは限らない。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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