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皆さんご承知の通り、僕はアメリカ暮らしが長かったので、日本の常識をあまり身につけないまま大人になってしまった。
人生35年のうち、日本には33.5年しかいない。アメリカにいたのは2歳半から4歳まで。なので、おおよその日本人が身につけている「ある技術」を、僕は持っていない。
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ある日のこと、僕は駅のトイレで途方にくれていた。
大がしたい。とても大がしたい。いますぐにでも大がしたい。括約筋を大活躍させたい。
僕には時間がなかった。しかし見たところ、和式しか空いていなかった。
「それが何か?」と思う人がいるかもしれないけれど、僕にとっては大問題だ。
アメリカ暮らしが長かったせいで、洋式トイレでしか僕は大用を足せない。和式だと何をして良いか分からない。
 
しかしながら、時間は待ってはくれない。括約筋のすぐそばまで、「排優たち」が来ている。
時間がない以上、正しいやり方が分からなくても、最大限リスクを排除した上で、物事に取り組まねばならない。
僕は、
▼トイレ個室内のスペースを確かめ、
▼リスク要因をMECEに分析して、
▼靴を脱ぎ、
▼靴の上に乗り、
▼ズボンを脱ぎ、
▼パンツを脱ぎ、
▼ズボンとパンツを畳んで安全なスペースに置き、
▼88kgのカラダを支えるべく大腿筋に酸素を送り、
▼バランスを崩さないように折れないポールに手をかけ、
▼恐らくこれが正しいだろうと思われるニュートラルポジションを取って、
用を足した。なんとか間に合った。そして開戦時に辿ったのと真逆のプロセスを同じように時間をかけて踏みながら、僕は元通りの「一見デキるビジネスパーソン風の普通の男」に戻っていった。
大腿筋が破裂するかと思うぐらい、きつい戦いだった。所要時間は10分ほどだった。そして汗だくになっていた。
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ちなみに、僕はこれが当たり前のやり方だと思っていたのだけれど、ある日意を決して友人に相談してみたら、
「は?ズボンとパンツ下げて普通にしゃがめば1分もあればできんだろ?バカじゃないの?」
と鼻で笑われた。
僕はその友人を素直に尊敬した。僕が10分かかることを、この男は1分で出来るのか、と。
初めてピッコロ大魔王を目にしたときの悟空の気分、初めてフリーザ様完全体を目にしたときのベジータの気分は、こういうものだったのだろう。圧倒的な差を感じた。詰められない、才能の差を感じた。
世の中にはスゴいヤツがいるものだ。
後から僕が異常で友人が普通だということが判明したものの、このとき感じた「圧倒的な差に対する敗北感」に関しては、今でも忘れられない。
おかげさまで、今ではウルトラマラソンやアイアンマンなどでどうしても和式トイレに向き合わねばならないケースが増え、以前は10分かかっていた作業が5分で済ませられるようになってきた。才能の差は努力で埋められるということを半ば証明した形だ。
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以上の例でも分かる通り、大体初心者と上級者の差というのは、100倍ぐらいあると思われる。
①時間が10倍かかる
②体力気力が10倍奪われる
の2点で100倍ほど大変に感じるのだ。
僕は友人が1分で済むところを10分かかってしまい、大腿の疲労度は友人の軽く10倍は超えていたと思う。それぐらい大変だった。
が、実力が100倍違うかというと、勿論そうではない。全然そうではない。同じ人間だし、同じ年齢だし、同じ男だし、僕と友人で100倍も差があったわけではない。
事実、ウルトラマラソンやアイアンマンでそれなりに経験を積んだ今では、「あと5年も修練すれば、友人に追いつけるかもしれない。」と希望が見えてきている。大体そんなものだ。
今話題のイクメンブームでも、「奥さんの代わりに1日家事育児をしてみれば、どれぐらい大変かが分かる。」てなことが言われている。
当たり前になってしまいがちな近しい人に対する感謝を明確にする意味では正しい考え方なのだけれど、よくよく考えてみれば、(普段やってないことが正しいことかは置いといて)普段やってないことをやるのだから、旦那が奥さんの100倍疲れたとしても不思議ではない。
そして、それを例えば10日ほど続けた暁には、疲労度はぐっと下がり効率はぐっと上がるであろうことは想像に難くない。
これは、反対に奥さんを旦那の職場に放り込んだ場合にも、同じことが起きる。
資料を何時までにまとめて上司の意味のない指令を気分を害さないように受け流して顧客の朝令暮改な要望に応えるために残業して行き帰りはぎゅうぎゅう詰めの電車に乗って・・・なんてことを普段やってない奥さんがやったら、相当に疲れることと思う。
初心者は上級者の100倍大変なのである。
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ここで言いたいのは、

ホントに自分と相手には100倍の差があるの?

てこと。

戦意喪失するほどの差はそこにホントにあるの?

てこと。

やってみたら意外と出来ちゃったりすることを、やってないから出来ないだけなんじゃないの?

てこと。
 
走っていなかった2012年当時、フルマラソンをしている人というのは僕からすると信じ難い存在だった。
しかし今では、88kgのカラダで100kg走ったりしている。
トライアスロンのトラの字も知らなかった2013年当時、「アイアンマン」に出ている人というのは超人か何かしかいないと思っていた。
しかし今では自分がその「アイアンマン」になり、そして自分は決して超人などではないことを誰よりもよく知っている。
確かに最初は5km走っただけで次の日歩けなくなったし、25m泳いだだけで死ぬかと思った。100倍どころではないぐらい、大変だった。
がしかし、今はどちらも努力次第で十分に到達可能な目標であるということが、心の底から理解できている。
世の中、どの分野でも大体そんなもんだってこと。
最初、すげー大変だと思うことだって、実際は大したことない。保険業界のフルコミッションという仕組みだって、当初はハァハァ息切れしていたけれど、今では、「え?フルコミ以外の選択肢あるの?」とすら思っている。
世の中、そんなもんだ。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

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