ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

マンホールの蓋はなぜ丸いのか? #992

time 2016/05/29


 

マンホールの蓋は、なぜ丸いのか?

この答えは意外と有名なのだけれど、僕は35歳になるまで知らなかった。

別に四角でもいいじゃん、台形でもいいじゃん。何なら三角でもいいじゃん。

色々な意見がありそうだが、本当のところは大変の人が知っている通り、

 

「丸いとマンホールが下に落ちないから。そして人がその穴に落ちにくいから」

 

というもの。

蓋丸いと、穴と蓋ズレたとしても、穴から落下することはない。どの面をとっても円なので、縁に引っかかるだけだ。

すると、人がその穴に落ちる確率も激減する。怪我はするかもしれないけれど、マンホールの蓋がある以上、最下層部まで落下することは物理的に出来ない。

マンホールの蓋が丸いおかげで全ての事故が防げるかというと、そうでもない。しかし大半の事故は防げるというのもまた事実である。

***

それなりの期間世の中に存在するものは、それがよほど新しいものである場合を除いて、今回のマンホールの事例のように

 

「それがそうであるそれなりの理由」

 

を持っている。

マンホールは、やはり四角であるよりも、三角であるよりも、丸であるほうが論理的物理的に安全だということが立証されている。

完璧ではないが、8割がた筋の通った理由がそこにはある。

 

コップの底が平なのは、こぼれたら大変だからだ。

デザイン的にはもっと尖らせたり丸みを持たせたりすることも可能だしそっちの方が格好良いと僕も思うけれど、

それで飲み物がこぼれてしまったら本末転倒である。

これも、当たり前のようであるけれど、コップの形状がある一つの範囲を超えない合理的な理由である。

***

明治天皇の玄孫である竹田恒泰さんは、

 

「伝統とは、それなりの程度、正しいことである。」

 

と言っていた。

「伝統」というと、重厚なイメージとは別に、古くさいもの、過去にこだわっている、なんなら革新してあげるべきもの、という印象も与える。

僕もそう思っていた。

しかし竹田さんは、

「伝統が伝統として生き残るには、相応の理由があった。何ならそれが一番合理的だから残った。」

と添えていた。

なるほどなるほど、伝統こそが合理的。まさに膝を打つ思いだった。

マンホールの蓋の丸さも、きっと合理的な伝統が継承されてきた一つの形なんだろうと思う。

古いものは何かと批判の対象になりがちであるが、「それ」がずっと続いてきた理由についても、都度考えるようにしたいと感じた出来事だった。

「それ」に関して、僕は1ー2分しか考えていないが、過去に数千数万の人が年10年単位で考えて達した結論が「それ」であるからだ。

目の前の便座を見て、なぜ便座はこの形に至ったのかについて思いを馳せる僕であった。

かなりどうでもいいのだが。。。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

※羅王の個人コンサル、始めました。ご希望の方はメッセ下さい。

※Facebook友だち申請はお気軽にどうぞ。ただし最低限の自己紹介はお願いします。

※Twitter始めてみました。たまに暴言吐いてます。「羅王」で見つかるかなと。

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。