ビリから2番目漢のバラモンキング2016完走記⑧ 〜ぶらりバイク途中下車の旅〜 #1020


 

バラモンキング2016(スイム3.8km、バイク180.2km、ラン42.2km)を14時間57分46秒で制限時間2分前、ビリから2番目でゴールしました!

大会テーマ「進め 限界のその先へ」の如く、限界のその先へ進んだ話を赤裸々に語ります。

※老若男女問わず五島で応援してくれた地元の皆さん、五島で死闘を共にした皆さんからのFacebook申請お待ちしております。誰か分からないので一言あると嬉しいです。名前はゼッケンNoから探してちょんまげ。皆さん本当にありがとうございました!

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(登場人物)

元帥:ポセイ丼の創始者で絶対王。黒くて太い税理士で、パルテノン神殿とかにいそう。

仙人:ポセイ丼最速の漢。常に浮いている解脱系。

えぇ。。さん:ポセイ丼最細の漢。フリーザ様第3形態に体型が似ている。

みよっしー:ポセイ丼最高の成長株漢。弱点と欠点がないのが弱点であり欠点。

ザック:ポセイ丼ラン部門最速の漢。UKC(薄い・軽い・チャラい)が自慢。

熊:ポセイ丼最重の、厳密には別チームの生き物。まごつき癖あり。

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180kmのコースのうち、20km地点で落車、そして30km地点で「お膝ピキピキ病」が発症。

前途多難な幕開けのバイクパートとなった。

残りは150km。僕のスピードで言えば、あと5時間以上は残っている。

バイクパートは体力が唯一の不安材料だったはずなのに、悪天候に向けて急速に雲が分厚くなっていくのを感じていた。僕は果たしてこの雲を突き抜けることができるだろうか。

この時点で早速、ロキソニンを投入。トライアスロン、マラソン業界では、

ロキソニンに頼ってるうちは二流以下

という格言がある。今作ったけど。

ドーピングに気をつけなければならないトップ選手はもとより、エイジ(いわゆるアマチュアのこと。僕らみたいな。)の選手もほとんどが自分のカラダの耐久性だけを頼りにレースを完走する。

そして一部の、僕のようにひ弱な二流以下の人間だけが、「痛くなったらすぐセデス」と同じリズムで痛みとロキソニンを安易に結びつける。

 

「選択と集中」が大事だと経営では言われている。

僕はそこに一つ加えて、「選択と集中と廃棄」が大事だと思っている。

ある方向性を選択し、そこに資源を集中し、そしてそれ以外の選択肢は廃棄する。この「廃棄」を出来ないと、いつまでたっても「選ばなかったはずの選択肢への悔恨の念」に悩まされることになる。

僕は、「とにもかくにも完走すること」を選択し、そこに対してフィジカルおよびメンタルの資源を集中して投入するため、「ロキソニンに頼らずに完走」というプライドをあっさり捨てた。

このあたり、目的が明確だと意思決定は結構あっさりしたものとなる。

僕は躊躇なく、ロキソニンを投入した。ロキソニンなしの完走は、また今度だ。

***

ところがである。

絶対の信用を置いているはずのロキソニン、今回は全然利かない。

だんだん痛みがひどくなってくる。

登りのたんびにペダルを踏まねばならず、右ひざがそのたびに悲鳴をあげる。

「登りは踏まずに心肺で登るんだ!」という通称「総統閣下」(←バイクがめちゃ速い御大)の教えを思い出してみたけれど、練習不足もありそのやり方が感覚的に分からない。

普通に漕いでもピキ!

加速するとピキ!

登りのたびにピキ!

山王工業戦でルーズボールを追いかけてベンチに突っ込み、背中を負傷した桜木花道のように、痛みでいちいち動きが止まる。

いちいち脳天に突き抜ける痛み。まるで関節技をキメられてるようだ。

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(Source:スラムダンク)

通常、「お膝ピキピキ病」、おそらくは腸脛靭帯炎は、ランで発症する。まっすぐ脚を下ろしておらず、無意識のうちにどこかがねじれたまま着地を繰り返すと、やがて関節がやられる。

ところが、バイクだとそのねじれが発生する要素は少ない。そもそもビンディングに脚先が固定されるし、回転運動の半径はペダルの稼働範囲と決められている。

ねじりながらペダルを漕いでいるのかもと思ってペダルの回し方をいくつか試してみたけれど、痛みだした膝は、もはや「結構痛い」か「すごく痛い」の間を行き来するだけだった。

この痛みで残り150kmを走るのは、ちょっと無理に思えた。

の4文字が、再び頭の中を駆け巡っていた。

***

そんなとき、ある人間のことを思い出していた。

チームメイトであるザックだ。

昨年のバイクパートでの関門アウトDNFを経て、リベンジを誓い五島まで来たザック。前日から体調不良、そして胃腸炎にかかり、結局DNSになってしまった。

恐らくは、あまりの悔しさ、情けなさに、涙のひと粒も流したことだろう。

しかし、レース前の準備に集中する僕たちのテンションを下げるようなマイナス発言を発するようなことは一切なく、黙々と自分のカラダと向き合っていたザック。

当日、黙ってDNSを決め、そして自分を除く僕たちポセイ丼のメンバー全員の完走を祈念してくれた。

そんなザックの姿が、スイムパートに続き、天からオーバーラップしてきた。昨年の背番号、「777」、通称「フフフ」とともにナメきった顔で。

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「そうだ、俺はアイツに完走を約束したんだった。

スマン、ザック、危なく諦めるとこだった。

お前の分も完走するって決めたんだった。

頼む、ちょっと力をくれ。

こんなところでリタイヤなんて、ふざけんじゃねー!!!

こんなところで負けてられるか!!!」

 

僕は、心がアツくなるのと同時に、頭のなかで冷静な計算をした。

もはや、レースの目標はタイム云々よりも、完走一つに絞るしかない。

そしてそのためには、ラン云々は捨てて、とにかくこのバイクパートを完走することを第一義に定めなければいけない。なぜなら、バイクパートを完走しないことにはランにまで進めないからだ。

ランは精神力でどうにかするとしても、この痛みだけは精神力とかそういう問題では対処できない。物理的に痛みを消す必要がある。

そしてそのためには、他の部分がおかしくなることは仕方ない。

 

ついさっき30km地点で飲んだロキソニンを、僕は一気に2錠追加した。

効くまでの30分は「ロキソニンを飲んだ」という希望を胸に走る。効いてからの1時間は、その効力を最大限活用しながら距離を稼ぐ。

レースが始まってわずか3時間ちょっとでロキソニン3錠とかなり多くなってしまったが、胃が荒れる可能性に関しては捨てるしかなかった。

それで補給が出来なくなったらレースが終わりなのは分かっていたけれど、このままでは間もなくレースが終わってしまう。

***

そこからは、少しだけ回復することができたように記憶している。

さすがに短時間に3錠ものロキソニンを投入したこと、そしてそれだけのロキソニンを飲んだというプラシーボ効果も相まって、なんとかまともに走ることが出来るようになった。

といっても、登りはやはりダメだった。

右ひざがあまりに痛いため、仕方なく左足だけで漕いだりしていた。平地では片足漕ぎでなんとかなったけれど、登りだとさすがに通用しない。

下りの後に登りが来る、というパターンが五島のバイクコースには多い。このパターンの場合は、下りで目一杯加速し、その勢いで登りを半分ぐらい食す、ということができた。

しかしいくつかの坂はやはり登り一辺倒で、下りの勢いも何も使えず、純粋に登るしかない。「激坂」と呼ばれる坂もいくつかはある。

「アイアンマン、がんばれ!」と大きな横断幕を掲げて何時間もの間、ものすごい高音域とものすぎ声量で現地五島の皆さんが応援してくれる名物坂も含めて、残念ながら5回ほどバイクを降りて押すことを余儀なくされた。

現地の方が見ててくれるポイントでは、誰だって格好良いところを見せつけたい。応援してくれることに対する感謝を推進力に変えて、少しでもスピードをあげて進みたい。

でも、僕にはそれが出来なかった。坂の途中で応援してくれる人たちの声を真横に聞きながら、泣きそうになりながらバイクを降りて下を向いて押した。

そんな情けない姿の僕にも、現地の皆さんは応援をし続けてくれた。

***

悪いことは続く。

練習不足からくる腰の痛みが、今回もやってきた。

「バイクに乗る」という行為が習慣化されておらず、まだまだ僕にとっては特別なことになっていたせいで、その非日常の体勢にカラダが付いていけなくなっていたのだ。

僕は度々、膝の痛みと腰の痛みを和らげるために、エイドでストレッチを行った。腰の痛みは少し和らいだけれど、膝の痛みはストレッチをしても全くよくならなかった。

・・・と思っていたら、トライアスロンの師匠でもあり、ポセイ丼の絶対君主でもある元帥が現れた。元帥はいつもの通り何も言わず、そっと僕の姿をフィルムに収めた。

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怪我をして時折下車しながら登り、たびたびエイドでストレッチをしている僕に、後ろから元帥が追いついてくるなんて、一体どうしたんだろう?

調子が悪いのだろうか?

顔色を見るが、いかんせん黒すぎて顔色が良いのか悪いのか、僕には判断がつかない。

もしかして、ザックの胃腸炎に追い打ちをかけた巨大ランチが、元帥にもダメージを与えたのだろうか?

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「うちらは決して遅くはないはずなのに、みんなのペースが速すぎておかしい。」

元帥は不機嫌なご様子であった。

***

これには後日談ならぬ前日談がある。

元帥は、一時期「バイクが遅い」ことについて、真剣に悩んでいた。

別に周りからはそうは見えなかったのだけれど、本人は結構悩んでいた。僕や仙人には、「バイク速くていいなー、いいなー」と、ドスの効いた低い声でいつも羨ましそうにしていた。(僕は速くない)

そしてその原因を、「乗っているバイクが古いから」であると元帥は特定された。1年ほど前のことであった。

 

「問題解決の第一歩は、その問題の在処を特定することである」とコンサルティングの世界では言われている。元帥は、見事問題の在処を特定されたようであった。

問題を把握した元帥は、すぐさま自らのバイクを馘首した。

「おつかれさま」の一言で過去の功績含めた全てを包括し、そしてそのままそのバイクをポセイ丼の2期生としてデビュー前であったみよっしーに下賜された。

一方で元帥は、イケイケドンドンピカピカの素敵な新車のバイクを手に入れられたのであった。

めちゃくちゃ速そうなバイクを大蔵大臣には言えなそうな金額で手に入れ、漆黒の顔が珍しく笑顔になっていたのを思い出す。

 

ところがである。

元帥から馘首されたバイクを下賜されたみよっしーは、デビュー戦から怒濤の勢いでバイクパートをの記録を刻んでいった。

ポセイ丼最速の仙人には及ばないものの、チーム内で二番目のスピード。しかも、まだまだ速くなりそうな感じであった。

一方の元帥はというと、イケイケドンドンピカピカのバイクがなかなかフィットしなかったらしく、どのレースでもタイムで苦戦していた。

おそらくは、元帥の競輪選手並みの太ももは、300万円クラスのバイクでないと最大限力を発揮しないのだろうと思われる。

 

果たして、部下が上官よりも速いという結果が出てしまった。さらに悪いことに、部下が乗っているバイクは上官が下賜したものであるというおまけつきであった。

さらにさらに悪いことに、みよっしーはポセイ丼メンバーにしては珍しく弱点も欠点も見せない漢で、部下の粗相には極めて厳しい元帥も、みよっしーにだけは訴追する様子を見せられないでいた。

「問題解決の第一歩は、その問題の在処を特定することである」を信じて自らのバイクを馘首したにも関わらずみよっしー自らの結果でさわやかにその仮説を否定してみせた。

元帥が不機嫌なのには、そういう背景があった。

ちなみに、弱点も欠点も豊富な熊は、二期生登録前に誰にも知られないまま馘首されていた。だからいついかなる時も、「厳密には別チーム」と評されている。

 

そんなことを考えながらエイドで休み休み膝と腰をマッサージし、距離を確認するとまだ100km。残りは80kmもある。

なんとか6時間を残してランまで突入したいと思っていたものの、バイク前半の膝との痛みに神経を使いすぎた結果、相当の時間をロスしてしまっていた。

そしてよろしくないことに、3錠投入したロキソニンの効果は、思っていたよりもずっと早く、切れることとなった。

膝の痛みは、当初の何倍も痛くなっていた。

ザックと約束した完走が、一歩一歩、遠のいていくのを感じていた。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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