バラモンキング2016(スイム3.8km、バイク180.2km、ラン42.2km)を14時間57分46秒で制限時間2分前、ビリから2番目でゴールしました!
大会テーマ「進め 限界のその先へ」の如く、限界のその先へ進んだ話を赤裸々に語ります。
※老若男女問わず五島で応援してくれた地元の皆さん、五島で死闘を共にした皆さんからのFacebook申請お待ちしております。誰か分からないので一言あると嬉しいです。名前はゼッケンNoから探してちょんまげ。皆さん本当にありがとうございました!
***
(登場人物)
元帥:ポセイ丼の創始者で絶対王。黒くて太い税理士で、パルテノン神殿とかにいそう。
仙人:ポセイ丼最速の漢。常に浮いている解脱系。
えぇ。。さん:ポセイ丼最細の漢。フリーザ様第3形態に体型が似ている。
みよっしー:ポセイ丼最高の成長株漢。弱点と欠点がないのが弱点であり欠点。
ザック:ポセイ丼ラン部門最速の漢。UKC(薄い・軽い・チャラい)が自慢。
熊:ポセイ丼最重の、厳密には別チームの生き物。まごつき癖あり。
***
ザックに続き、ポセイ丼の神である元帥の訃報を、知ったラスト10km。
しかし、彼らの分まで!とは思いつつも、なかなか脚が前に出ないポンコツな僕であった。。。
 

ラスト10kmの死闘

百里を行く者は、九十を半ばとす
こんな言葉を聞いたことがあるだろうか。最後まで気を抜くなといった意味で用いられる格言だ。
ウルトラマラソンやロングのトライアスロンをやっていると、この言葉が文字通り身に染みて分かる瞬間がある。
ラスト10kmを迎えたときだ。
あとたった10kmでレースが終わる。1日の全てが報われる。あとは寝てようがビールを浴びようが焼肉を食べようが自由だ。ほんの1時間半弱、頑張ればいい。
しかし、この10kmが、それまでの216kmよりもツラい。
自分が何を考えているのかも自分で分からなくなるし、残り1時間20分で残り10kmだとキロ何分で進めば良い?みたいな単純な割り算すらも出来なくなる。
ザックからもらったジェルの効果も切れ、元帥の訃報に遭遇した決意も早速揺らぎ、このままのペースだとちょっと無理かなと思い始めた頃、しのぶ姐さんが後ろから追いついてきた。
 
しのぶ姐さんとは、今回のレースで縁が深い。
僕はバイクで轢かれたりチェーントラブルがあったり膝を傷めたせいもあり、ことごとく進んだり止まったりを繰り返して180kmを走っていた。
するとどうなるかというと、大半の人よりは下りが速く、大半の人より上りが遅く、そして脚と腰の安静のためしょっちゅうバイクを降りて休んでいたので、何度も同じ人と抜いたり抜かれたりを繰り返す、そんなレース展開となった。
そんなわけで、しのぶ姐さんとは、バイクでかれこれ10回以上、抜いたり抜かれたりを繰り返していたのじゃなかっただろうか。
ランのスタート時には20分ほど僕の方が速かったようだが、なんとラスト10kmを過ぎたところで追いつかれてしまった。
女性トライアスリートは、僕の印象だと決して速くはないが、あまりレース中に止まらない人が多い。結果的に、そういう人たちに、部分的には速くてもしょっちゅう止まる僕のようなタイプは、タイムで負けることになる。あの死にかけた状態での42kmでも止まらない女性陣の強さには、本当に毎度頭が下がる思いだ。
しのぶ姐さんも、そんな止まらない類いの選手だった。
 
しのぶ姐さんとは、その後ラスト4kmの関門まで並走させてもらった。
自分ひとりだと止まってしまいそうなところでも、しのぶ姐さんは止まらない。そんなしのぶ姐さんに触発されて、なんとかかんとか残りのエネルギーを絞りだしながら、最後の関門まで来ることができた。
そして僕の心はここで折れた。
最後の関門から勢いよく駆け出していくしのぶ姐さんの背中を見て、積み上げてきたものの差なのかなと、自分を情けなく感じた。しかし感じただけで、脚を踏み出すことはもはやできなかった。
 

経営者がトライアスロンに魅かれる理由

38kmの関門を越えると、ゴールまではひたすら贖罪に走ることにした。
それまでは、応援してくれてる地元五島の人たちの声を遮断し、音楽の世界に没頭して、なんとかかんとか脚を前に進ませることだけを考えていた。
応援には応えたい、声も聞きたい。でもそれではこの脚は進まない。本当にごめんなさい、本当にごめんなさい。
そんなことを考えながら走ってきたが、最後はやっぱり五島の人たちと正面から向き合って、そしてゴールしたい。
沿道を見ると、もう誰が誰だか全く分からないような暗闇のなかでも、まだ大声で応援してくれる五島の人たちがいた。
時間はもう21時をとっくに過ぎている。
なのに!
なのに!
あの声は明らかに子どもだ。
もう寝る時間だろ!
あの声は明らかにじっちゃんばっちゃんだ。
もう寝る時間だろ!
親御さんは子どもたちを寝かしつけたい時間だろうに、大声を出して応援する我が子たちを微笑みながら見守っている。
ある民家のコーナーでは、シンバルだかタンバリンをガンガン鳴らしながら、下ネタ満載で応援してくれている。
ありがとう!
ありがとう!
五島のみんな、本当にありがとう!
 
ことここに至り、トライアスロンに経営者が魅かれる理由がなんとなく分かったような気がした。
トライアスロンはカネがかかるスポーツである。だからカネのある経営者が多い。そんなことがよく言われている。
トライアスロンは時間もかかるスポーツである。だから時間が比較的自由に決められる経営者が多い。そんなこともよく言われている。
トライアスロンは3種目に分かれており、どこにどう資源配分をするか、日頃の練習でも本番でも意思決定力を鍛えられるスポーツである。だから意思決定に重きを置く経営者が多い。そんなこともよく言われている。
上記はどれも正解であり、僕も異論はない。
ただ、死にそうになりながら走るなかで、僕は経営者がトライアスロンに魅かれる第四の理由について、一つの結論にたどり着いていた。
 
その理由とは、(特にロングの)トライアスロンは、
濃くてあたたかい応援をしてもらえる感覚を、カラダの隅々まで感じられるスポーツだから
だ。
少し説明したい。
僕が経験したように、ロングのトライアスロンでは、エリートの選手にも、僕のような死にかけの選手にも、等しくあたたかい応援が送られる。
そしてそれは、マラソンのような大きな大会で受ける応援とは、また少し違った感覚のものだ。
これは、トライアスロンがマラソンに比べて圧倒的に選手の数が少ないから起きる現象なのかもしれないけれど、応援が「選手たち」ではなく、僕たち個人に向けられているのだ。
特に、僕レベルのそう速くない選手になると、ランの最中などは応援の方の目の前を通り過ぎるのに、5秒から10秒ほどもかかってしまう。
その間、彼らはずっと応援してくれている。ときには、名簿を見て、僕の名前を呼んでくれたりする場合もある。数千人から数万人がエントリーするマラソンの大会だと、こうはいかない。
また、トライアスロンは比較的小さな街や島を、大々的に貸し切って行われる。必然的に、それはその地域の一大イベントとなる。
五島で言えば、島民の方々が、レースに出る僕たち以上にレースに愛着を持ってくれているのだ。その気持ちは、ほとんど一期一会に過ぎない一瞬のすれ違いだらけのなかでも、しっかり僕たちに伝わってくる。
 
一般的に、サラリーマンの立ち場だと、特に社会に応援されるという事に関して、感度を高く持つことがあまり必要とされていない気がするし、事実そういったことよりも自身の能力をいかに高めていくかがその会社なり業界なりでの生き抜いていく術になる。
一方で経営者というのは、あるレベル以上まで行こうと思ったら、不特定多数の人や社会から応援される存在にならなければ、事業も会社も大きくしていくことはできないということを本能的に知っている。
「すごい」と思われる存在よりも、「応援したい」と社会に思ってもらえる存在になること。
それが、会社や事業を発展させていく上で必要であり、自らもそういう存在たらんことを求められている。そんなことを、経営者はどこかカラダで知っているのだ。
少なくとも五島では、応援されるということがどういうことなのか、応援してもらえる状態がどんな状態なのか、最後の最後に死にかけながらではあるけれど、カラダの隅々まで感謝とともにその感覚を得ることが出来る。
僕が考えるに、これが、経営者がトライアスロンにハマる理由でもある。

 
そんな悟りを開きながら、僕は脚を一歩一歩前に進めていった。
 
あと4km。
 
あと3km。
 
あと2km。
 
もう、ゴールは目の前だ。
 
死ぬ気で走れ。
 
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が生涯に一片の悔いなし!!!

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