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7月4日と言えばアメリカ独立記念日。宗主国のイギリスから、見事独立を勝ち取った日だ。
日本人は建国記念日に対して思い入れを持たないが、アメリカ人は独立記念日について、誇りを持っている。
映画「インデペンデンス・デイ」では、アメリカ人がいかに独立記念日を大事にしているかが、名シーンとして描かれている。何度観ても震える。


 
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さて、この7月4日の独立記念日。
実は去年の7月4日に、全く独立していない、むしろ家族に依存しかしていない存在が我が家に加わった。
そう、2号機である。
3000グラム中盤で生まれた2号機は、当初大きめ認定だったのが、みるみる間に最小クラスへと移行。しかし毎日毎日、満腹という言葉を知らないのかというほどごはんをパクパク食べている。
そして1年経った今日も、相変わらず独立する兆しを全く見せず、あーだのうーだの言いながら、家族に依存しまくっている。
1年前から体重は倍ほどにもなり、日一日とはっきりと成長が見て取れる。この上ない楽しみだ。。。
なんて安西先生のセリフも言ってみたくなる。
毎日毎日、この2号機を中心に展開される家のコントは、本当に騒々しい。しかしなんというか、幸せの源みたいなものを毎回感じさせてくれる存在でもあり、大変だけれど本当に楽しい。
生まれてきてくれてありがとう。
心の底から毎日僕は2号機に向かって言っている。いつか分かる日が来るのだろうか。
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1号機が生まれたときは、自分がまともな父親になるので精一杯だった。正直、あまり先のことは考えられなかった。
2号機が生まれて1年経った今、1号機の時と同じ焦りや不安は勿論ある。
俺でよいのか。他の父親の方がよかったのじゃないか。そんな柄でもないことも考えたりしている。
 
ところが、ある部分で少し考え方が変化してきたようにも思う。
1号機のときは、「どう育てていこうか」ばかり考えていた。言うなれば、彼女の年齢のレンジにおいて、0歳〜28歳ぐらいまでしか考えていなかったように思う。
ところが2号機が生まれ、そして1年経つにあたり、僕の思考は
「こやつらがどういう子育てを出来たら理想的か」
なんてことを考え始めた。
いるわけでもない孫を、将来娘たちがどんなふうに育てるのか、どんなふうに育てていってほしいか、そんなことを考えているのである。
思考のレンジが、今から10年程度だったものが、一気に30年先まで考えるようになった。
30年後といえば、僕はもう働いていないかもしれない。つまりは現役として力を振るえない時期に差し掛かっている。
そんな時期のことまで考えるようになったのだ。
 
我ながら不思議だった。
しかし今までのどの時点よりも、強い想いを娘たちの将来に対して抱いている。どうせ僕は、あと数十年しか動けない。
しかし娘たち、そしてその子どもたちの代まで命のバトンが続くとすれば、最低でも僕のやってることは100年先まで影響を及ぼすことになる。
そのための一生であり、そのための10年であり、そのための1年であり、そのための1ヶ月、1週間、そして今日なのだと、本当に柄にもなく考えるようになった。
 
1号機は、今日もまたママと全力でケンカしている。2号機は、今日もまた「あ行」だけで人類とコミュニケーションをとっている。
そんな2人を見ながら、僕は一人で30年後から100年後にかけてのことを考えている。
7月4日に万歳。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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