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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

原理主義者の善し悪しについて #1029

time 2016/07/05


 

「◯◯原理主義者」というと、一般的にはあまり良いイメージを持たないかもしれない。

巷を騒がせている原理主義者たちは、どの分野であれ、はっきり言って迷惑行為しかしていない。

一方で、僕の暮らす世界には、そういう名前は付いていないものの、言うなれば「保険原理主義者」なる民族がいて、毎日毎日アホみたいに保険を売っている。

決して売りつけているわけではなく、お客様のニーズをきちんと汲み取り、保障や積み立ての不足部分は付け足し、過剰部分は削るというお手伝いをしながら、何よりお客さんにめっちゃ感謝されている。

僕から見ても、また顧客目線で見ても、彼らはめっちゃ良い仕事をしていると思う。僕もかくあるべきと思いながら、彼らを見習うことにしている。

どちらも、「原理主義者」という意味では実はあまり変わらない。

しかし、世の中には明らかに「良い原理主義者」と「悪い原理主義者」がいると僕は思う。

では、その分水嶺はどこにあるのだろうか?

***

「良い原理主義者」の代表格は、僕のなかではイチロー選手だ。

“Only the Paranoid survive”

とインテルの創業者であるアンディ・グローブは言ったとされているけれど、イチロー選手こそはまさに「病的なまでの心配性」なプレーヤーの鑑であり、典型的な「野球原理主義者」であるといえると思う。

故障者リスト入りを現役を通じてほとんどしたことがないイチロー選手は、とにもかくにも野球をヒット量産型のままできるだけ長く続けるためにだけ生きてきた。

ストレッチは大リーガーの間でも有名なほど、長くしつこい。オンでもオフでも、バッターサークルでもベンチでも四六時中ストレッチをしている。そのおかげか、ほとんど怪我をしない。

食べるものも徹底管理。今はやめたらしいけれど、10年連続200本安打を放っていた頃は、基本的には毎日夫人の作ったカレーを食べていた。

筋トレは、不用意にカラダを大きくするためにはしない。守備力、走力ともに落ちるからだ。大リーグ=パワー=筋肉、という方程式に流される選手が多い中で、まさに理想的とも言える体型のまま現役を続けている。

自らを「努力の天才」と称するのが誰もが納得できるほど、野球が全ての生活を送っており、自分にやたらと厳しい。

ところが、イチロー選手はそれだけ自分に厳しい「野球原理主義者」であるにも関わらず、それを自分には強制するものの、他人に対して強制することはない。(たぶん。。)

イチロー選手に憧れて一緒に合宿をした選手が、その練習のあまりの地味さとしつこさに音を上げてギブアップしたとしても、イチロー選手は怒ったりしない。(たぶん。。)

まさにこの点が肝心で、自身が何かしらの原理主義者で、その分野に命をかけたり偏執的に生きていたとしても、それを他人が対象になった瞬間に、すっと外せるのが、

「良い原理主義者」である。

***

他方、「悪い原理主義者」とは、つまりはその逆をする人たちのことである。

彼らはまず、ある分野においてイチロー選手並のこだわりや執着を見せる。

たとえば、筋トレ。「筋トレ原理主義者」は、自身に対して徹底的なトレーニングを課す。それこそもう1週間に8回から10回ぐらいジムに行ったりする。

栄養にもうるさく、高タンパク低脂質の食事以外を自身に許さない。世の中の問題の99%は筋トレで解決できると思っている。

 

ここまでであれば、「良い原理主義者」と何も変わらない。大事なのはここからである。

「悪い筋トレ原理主義者」は、筋トレしない人間を許さない。色白で細い男子なんぞ、存在価値すらないと思っている。

Oops,僕と全く同じ考えだ!!!

それはさておき、筋トレをするのは正義、しないのは悪とすら考えるようになる。

さらに、低タンパク高脂質の食べ物を出す店舗、たとえばマクドナルドなどを嫌悪するようになる。そしてブログとかに悪口を書きまくる。

奥さんがつくるごはんにも高タンパク低脂質を求め、それが満たされないいわゆる「庶民食」が出てくると、猛烈に怒りだす。一体何のための筋トレなんだか、端から見ると全く分からない。

上司が「悪い筋トレ原理主義者」の場合は、非常にめんどくさい。その場合、部下はきちんと筋トレしないと、考課が下がる。筋トレをしない人間は許せないからだ。

また反対に、上司よりもマッチョになってしまったとしても、それはそれで迫害される。「悪い筋トレ原理主義者」は、あくまで「自分のおかげで感」を出したがる。おいそれと超えてはいけない。

「悪い原理主義者」は、自分が信じる正義、自分が信じる信念を、他人にも同様の圧力で押し付ける。そしてそれに従わない場合は即座に敵と見なし、様々な攻撃を始める。

他人から見ると、「え?そんなことで人を攻撃するの?」というまさに本当にしょうもない理由で、他人を攻撃する。

***

僕は、「原理主義者」であることが一様に悪いとは思っていない。

ある分野においてある程度以上の実績を残そうとすれば、必然的に「原理主義者」にならざるを得ないことは否定できない。

バランスは大事だけれど、一生ずっとバランスをとってるヤツというのは、何事も成し遂げることは出来ない。

リア充は、基本的によほど才能に恵まれている人を除いては、功を成さないのである。

 

だけれど、やはり人に迷惑をかける「原理主義者」、すなわち「悪い原理主義者」については、どうにも嫌悪感を隠せない。

はっきり言えば迷惑である。やめてほしい。

相手があることだから一概には言えないものの、「強い推奨」はアリだ。

どれだけそれが素晴らしいことなのか、どれだけ取り組む意義があるのか、たとえばイチロー選手が自身の生き方を後輩に「強く推奨」したとしても、そこまでは問題ないと思う。

その先の「強制」がいけない。「強制」するということは、それをしなかった際の罰則も設けるということだ。あるいは脅すということ。

もし、イチロー選手のスタイルについてこない選手の悪口を、イチロー選手が所属チームの監督に告げ口でもしたり、ことあるごとに「アイツはダメだ。」みたいな悪口を散布していたとしたら、大変なことになっていたはずだ。

そんなこと、イチロー選手はしないけれど、世の中にはこんなくだらない例みたいなことをするくだらないヤツが、結構いる。僕は過去に何人もそういうヤツに出逢って、そのたびにため息をついてきた。

あるいは、自分も自信を持てば持つほど、信念を持てば持つほど、「悪い原理主義者」になったことはなかったかという自戒も込めて。。。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。