ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

そろそろ生物の本来の姿に戻ってはどうだろう? #1030

time 2016/07/06


 

民主主義の最大の利点であり、欠点でもあるのが、

 

最大勢力が最も利益を得る

 

という点である。

日本の場合、この最大勢力とは、いわゆる高齢者、および高齢者予備軍に当たる。

今の日本の人口は1億3000万人に少し足りないぐらい。これが、30年後に1億人に、50年後に7000万人に、80年後には5000万人ぐらいになる。

このうち、現在は65歳以上の高齢者が人口の25%に達している。そしてこの割合はどんどんどんどんどんどんどんどん増えてくる。

数十人の若者で一人の高齢者を支えていた年金はもとより、今ですらギリギリの医療制度も、その他の社会保障も、すべてが崩壊に危機に瀕している。後期高齢者の使う医療費は、その他全ての世代が使う医療費の合計よりも多い。

うーん。

うーん。

うーん。

これが今の日本の実体である。

子どもを産もうと思える人が減っているのは、分からないでもない。僕も1号機2号機に続き3号機が欲しいが、どうにも恐くて踏み出せない。

***

さて、ここでいまいちど、反対があるのを承知の上で、僕は生物の本来あるべき姿に戻ることを提案したいのだけどよろしいでしょうか。

僕が考える生物本来の姿は、

 

次世代ファースト

 

である。

 

鮭は、卵を産むために死を賭して川を遡り、次世代へのバトンをつないでそこで命を終える。

カマキリは、交尾後にメスがオスを食べてしまうことが多い。産卵のための栄養補給のためだそうだ。

多くの鳥は、天敵に襲われる危険を侵して空を舞い、必死に捕まえたなけなしの虫を雛たちに届ける。

生物というのは、種の保存と繁栄を本能でプログラムされているので、必ず次世代ファーストの行動をとるようになっている。

一方で、人間だけが年齢とともに

 

アイ アム ファースト

 

に年齢とともになっていく。

 

子どもが生まれてしばらくの間はあったはずの献身性はどこへやら。「さあこれからは自分の時間を自由にするぞ」と言って、自分のための自分の人生を生きていく。

いや、別にそれがダメと言ってるわけじゃない。それまでに十分がんばったのだから、人生の後半に自由な人生を生きることは許されても良いだろう。

でもこれって、自然の摂理に思いっきり反する生き方じゃないだろうか?

 

僕が提案したいのは、極論で高齢者に死ねというのはどうかと思うが、やはり最大の利益を享受するのが、人生が終わりに差し掛かった世代ではよろしくないだろうということだ。

選挙権、年金、医療費などなど、各人の総数に基づく平等な分配がなされているように見えて、思いっきり高齢者に全てが寄っている。

社会として適正な水準で全年齢が生存を保障されつつ、生物としてはもう少し自然な形で世代交代していく仕組みにすべきなんじゃないかと思う今日この頃。

少なくとも僕は、娘たちの世代に全力で自分の持てるものを継承していきたい。

そんなことを考えている。

年金は収入だけでなく資産をベースに算出。一定以上のお金がある方の年金は100%カット。選挙権は1/3に。医療費は同じく収入だけでなく資産をベースに、一定以上の保持者は100%負担させる。

それぐらい以上のことを、生物界では全てやっているのだ。もっと高等な人間が出来ないはずはない。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。