ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

孫子御大のおっしゃる意味がようやく分かった話 #1031

time 2016/07/07


 

最近読んでなかなかヒットした本があった。

こちら。

 

頭に来てもアホとは戦うな! 田村耕太郎著 

 

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本書では、生きていると必ず現れて人生の邪魔をしてくる「アホ」について解説している。

▼ただ単に頭が悪いワケではない、むしろ頭の良い「アホ」とはどんな生態系なのか?

▼「アホ」と戦うことはあなたにどんな「デメリット」をもたらすのか?

▼「アホ」を手のひらの上で転がし、あわよくば完封する方法とは?

などについて、著者の豊富も豊富な経験談をもとに適度に抽象化された話が展開されていく。またその解決策は極めて具体的であって、好感が持てる。

特に、「アホ」と戦うことによって得られるものがいかに少なく、失うものがいかに大きいかについては、言葉を変え表現を変え、繰り返し繰り返し述べられており、自分が「アホ」と戦って来た過去を振り返って、とたもイタい気持ちになった。

あー、やっちまってたなー、と。

著者の田村耕太郎氏自身、若くしてビジネス界の階段を駆け上がり、政治家に転身して旋風を巻き起こし、下野してシンガポールやインドの政界との人脈も築いたという超変わり種で、その派手なスーツの着こなしなどもあって、「なんやあいつ生意気な」と常に権力者から妬まれ嫉まれる存在だったことだろうと思う。

だからして頭の悪い「アホ」だけではなく、極めて頭の切れる優秀な、しかし自分の不利益に直結する人間に対してあの手この手で嫌がらせをしてくる高等な「アホ」の相手との戦いに身を投じざるを得ず、そのなかで得た経験値が言語化された本という点で、非常に趣が深い。

人間、頭の悪いヤツだけではなく、頭の良いヤツほどめんどくさいということがよく分かる本で、そういうヤツらが相手ですら、なんとか激流のなかを泳ぎきっていくためのノウハウが詰まっている。

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僕自身も、縁を切りたくても切れない「アホ」との戦いがあり、しばし悩んでいたことがある。

こちらは何もしないのに、必ず何かを仕掛けてくる。巧妙に、陰湿に、それと分かるのが僕だけというほど狡猾に。

それに対して抗議をすると、いかにお前がダメか、言われてしかるべき欠点を持っているのかを追及してくる。

最後には自分の正当性を周りにまき散らして、僕を悪者にして終わる。

僕は黙ったまま、他者からの冷たい視線を浴びる。

こんなことが何度もあった。そのたびに、「どうぶちのめすか?」を考えていた。僕がフリーザ様だったら惑星ベジータごと消せたのに、と何度思ったか知れない。

 

しかしこの本を読んで考えが変わった。

過去は変えられないけれど、もしもう一度同じようなシチュエーションがあったら、初手からして変えようと思った。

そもそも、戦おうとしていたこと自体が間違いであったのだと。

孫子御大はかつて言っていた。

 

百戦百勝は、善の善なる者に非るなり

戦わずして人の兵を屈するは

善の善なる者なり

(百戦して百勝するのは、最善の策ではない。戦わずして勝つことこそ、最善である。)

 

ニュアンスは少し違えど、戦って勝つこと自体を最上を考えることをまずやめようと、強く感じた次第である。

本質論は、いくつかの具体例が重なったときに、突如ふっとカラダのなかにしみ込んでくるものだと思った。

何千回と聞いたことがある知っている言葉だからといって、自分がその言葉の意味を真に理解しているかどうかは分からない。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。