珍しく永江一石さんに全く共感出来なかったエントリの話 #1068


 

ブログを書いている身として参考とさせていただいているブログがいくつかあるなかで、ほぼ必ずと言って良いほど更新されたら読んでいるのが

永江一石さんのブログ More Access! More Fun!

毎度鋭い視点で世の中をぶった斬っているし、ネットマーケティングの人だからか、僕なんかと違って主張の裏付けを必ず数字でする。

すごいなー、この視点はなかったわー、などと唸りながら、毎回読ませてもらっている。

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基本的には毎度読んでる→毎度唸ってる→毎度永江さんの言うことは正しいと思ってる、というサイクルに基づき、永江さんの言うことにはほとんど同意してきた。

別に盲目的に賛意を示してるわけじゃなく、どのエントリも非常によく分析されていて、自分が文章を書いてるのが恥ずかしくなるぐらいのクオリティを連発されるのだから仕方ない。

テニスをやってる人が、フェデラーショットの全てに恍惚とするのと同じだ。ネットにかかるようなショットだって、うっとりする。

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ところが、その永江さんのブログのなかで、「ん?これは違うんでないの?」と初めてに近いぐらい感じたエントリがあった。

こちら。

体操の内村選手は本当のグローバルなスポーツマンだと思ったよ

前半の内村選手に関する賛辞の部分は良いとして、気になったのが以下。


 

いまだにテレビ局は「日本のメダル数の順位は今3位」とか嬉しそうに報道しているが、視聴者は別にどうでもいいよって思ってるんじゃないかな。だいたい日本が苦手な陸上が始まる前に3位とかなにいってんのって感じです。視聴者がみたいのは各選手がメダルを獲りに至った過程の感動であって、国家間の争いじゃ無いんです。「メダルは取れなかったけどこんなに頑張った人」という報道だって視聴者は感動するんだよ。そこにストーリーがあれば。

日本のために
とか
日本のみなさんのために

とか、選手はもう言わなくていいと思います。


 

 

何言っちゃってんの!!!!!

 

と思いましたですね、はい。永江さん、どーしちゃったのよと。

普段はぐぅの音も出ないほど納得させられる主張なのに、今回は読んだ瞬間から反論が次から次へと浮かび上がってきましたですよ。

これはさすがに違う、全然違うと思う。

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日本は太平洋戦争の時代に、行き過ぎた全体主義に侵されていた。

国や軍は国民やその生活よりもはるかに高い優先順位を与えられ、国全体が追いつめられていたとはいえ、数々の過ちを犯したことは疑いない。

個人の犠牲は国の繁栄のために喜んで払われるものだ、という価値観すらあったと言える。

 

で、戦後にその反動が一気に来た。

アメリカが作った憲法に書いてある、耳障りの良い個人の権利に心奪われ、それを無知蒙昧に信仰する輩が出てきて、日本の趨勢を支配した。

「個人の自由」と言えば、フランス革命やアメリカ独立戦争に代表される、圧政からの解放というイメージがあるかもしれないけれど、日本で展開された「個人の自由」とは、つまるところただの「個人のワガママ」に過ぎなかった。

働くのも働かないのも個人の自由でしょう?給食費払うのも払わないのも個人の自由でしょう?子どもきちんと育てようがネグレクトしようが自由でしょう?

自由の言葉をはき違えたヤツらが予想以上に市井に溢れ、この国は平和なまま、将来の衰退を確実視される2流国家に成り下がった。

国とか、国家なんぞ言おうものなら、すぐに「右だ!」とか「国粋主義者だ!」という言葉が方々から飛んでくる。

あの人種のるつぼであるアメリカですら、国旗や国家、国を代表する大統領には、最大限の敬意を払っている。

一方の日本は学校で国旗の掲揚が禁止され、君が代を歌う事を禁止する教師すら存在している。

自分が育った国に散々お世話になっておきながら、その国に対するリスペクトを、少しも持とうとしない、そんな国民ばかりになってしまった。

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別に、戦前みたいにお国第一主義にしろと言ってるわけじゃない。そんなの僕だってやだ。

でも、たとえばレストランでご飯を食べるときに「いただきます」といって作ってくれた人に感謝の気持ちを表すことや、

会社でお掃除のおばさんに「おはようございます、いつもありがとうございます。」といって僕たちの労働環境の向上に一役買ってくれてることに対する御礼の気持ちを持つこととかと同じで、

普段は目に見えないけれど、(まだまだ世界と比べて)安心で、安全で、人が良くて、飯がウマい、そういった生活をさせてくれる日本という国に対して、頭の片隅にでもリスペクトする気持ちがあるのとないのとでは、全然違うと思うのだけれどどうだろう?

んで、そういう機会が普段ないのであれば、オリンピックのときぐらい、あるいはワールドカップのときぐらい、

「日本が現在メダルで3位で!!!」

という報道があったり、

「日本の皆さんのためにがんばりました!!!」

という選手のメッセージがあって、

それに対して「うんうんうんうんうん、そうだねそうだねそうだね!」

と国が一丸となる風な雰囲気を醸成するのは、そんなに悪いことではないと思う。

ただでさえ行き過ぎた個人主義の時代。

放っておいたら、なんの統一されたベクトルもない、自分勝手なヤツの集まりの国に、日本はなってしまう。

だったらたまには、「日本、いいねぇ。」と心の底から思えるタイミングがあっても、決して毒にはならないと僕は思うのだ。

甲子園や高校サッカーで母校が活躍すると、みんな自分ともはや全然関係ないのに、嬉しいでしょ?それと同じだと思うんだよね。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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