※ネタバレしまくり注意 20代後半ー40代前半には日本一分かりやすい「シン・ゴジラ」解説〜あなた方(政治家、官僚、エセリベラル、SEALDsとゴジラファン)が「シン・ゴジラ」を観るべきいくつかの理由〜 #1072


 

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シン・ゴジラ公式HP

近年のゴジラシリーズの中では稀に観るヒットを飛ばしているという「シン・ゴジラ」、観てきましたですよ奥さん。

ゴジラで育ったくせに近年ゴジラから離れてた僕としては、久々の邂逅。

下記、モロネタバレですんでこれから観ようとしてる方は気をつけていただきたいのですが、

日本一分かりやすい「シン・ゴジラ」解説

を書いたつもりだし、結論から言うと

政治家、官僚、エセリベラル、SEALDsは全員必修レベルで「シン・ゴジラ」を観ろ!

と言いたい。勿論ただのゴジラファンもね。あ、子どもはあまりオススメしません。

※SEALDsは解散となったそうです。くだらないことに割く時間が減りましたね。おめでとうございます。

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まずは僕のゴジラ遍歴から。

ゴジラシリーズは今回の「シン・ゴジラ」を入れると29作あって、遡ってみたら僕が劇場で見たのはたったの4作でありますた。

「ゴジラで育った」とか言ってたわりに薄い。あまりにも薄い。

ゴジラ対ビオランテ(第17作):ゴジラ VS 花の化物の戦い

ゴジラ対キングギドラ(第18作):ゴジラ VS 首三つ竜の戦い

ゴジラ対モスラ(第19作):ゴジラ VS 蛾の戦い

ゴジラ対メカゴジラ(第20作):ゴジラ VS 機械の戦い

時間にして9歳から13歳まで。14歳は大人の階段を登り始めてたので、「もう怪獣映画なんて卒業さ」という気分だったのかもしれない。

そして23年の時を経て、今回の「シン・ゴジラ」。

正直言って、

今までと全然違うゴジラ映画

だったと思う。

どこがどういうふうに違ったのか、どこが見所なのかに関しては、ネタバレ含めて以下。

もちろん、主軸になる

核で被爆して巨大化した生物=ゴジラが現れて日本の首都をめちゃくちゃにする(山林部をめちゃくちゃにしても意味ないので)のに困った政府があの手この手でゴジラを撃退する。その過程で観客をなんだか大切な何かが分かった気にさせる。

という鉄板のストーリーに関しては、従来通り。

それを全く過去と別モンに仕上げた庵野監督の手腕に脱帽。エヴァの監督らしいけどエヴァ観たことないからそのへんとのシンクロ話に関しては割愛。

エヴァファンからすると音楽やら作戦名やら最後のシーンやらでエヴァ感満載で濡れに濡れたらしいけどわたくしには関係なし。

ロボット系ならエヴァより断然ゾイド派。

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①「シン・ゴジラ」は、大人「が」楽しめる怪獣映画である。

かつての僕がそうであったように、従来のゴジラシリーズ含めた怪獣映画は、歳を取るにつれ大人が離れていく映画であった。

そもそもなんで子どもがゴジラを好きかというと、非現実的だから。子どもは、非現実的なところにロマンを感じる。

空を飛べるとか変身できるとか、手からビームが出るとか、そういうのが子どもは大好きだ。ゴジラが口から吐く光線なんて、子ども時代に何度練習したか分からない。

一方の大人はというと、世知辛い現実に生きてる分、逆にゴジラなどの非現実的なところにだんだん冷めていってしまう。

「そりゃ俺だって手からビーム出して上司をこの世から消してやりてーよ。」とか、「空飛べたらもっと早く昇進できんのに。」とか思ってしまう。

かくいう僕も、1号機とプリキュアの映画を観ながら毎回、

「おいおい、手つないだだけで友達になれて平和になるんだったら、さっさと習近平とプーチンと金正恩とアサドとSEALDsで手つないで酒飲んで仲良くしてくれよ。」とか思っている。

二十代後半ぐらいまでは、努力すればいつかはかめはめ波や界王拳やドラゴンの騎士の紋章が使えるようになると信じていたのだけれど、三十代にもなるとそれは少し厳しいのかなと思い始めてきた。

 

ところが、この「シン・ゴジラ」は、タイトルに

現実(ニッポン)対 虚構(ゴジラ)

とある通り、ゴジラに関しては完全な創り話に過ぎないのだけれど、対するニッポンの動き方に関しては、完全にリアル。

政府にしても、自衛隊にしても、国民にしても、いざほんとにゴジラが現れたらきっとこう考え、こう動き、こうなるだろうというプロセスを徹頭徹尾、リアルに表現している。

あるあるあるあるあるあるあるある!

マジでソレあるあるあるあるあるあるあるある!

と頭の中で連発しながら観てしまった。

ここに、大人は間違いなくハマる。すげー面白い。逆に言えば子どもはハテナを浮かべながら観る映画なのかもしれない。

下記、この映画の面白さのキモであるリアルさについて、言及していく。

***

②ニッポン(=国民)の動きがリアルすぎる。

思えば、過去の怪獣映画は、ゴジラ側のフィクション度はしょうがないとしても、被害者側の対応が非現実的すぎた。

まず、ゴジラが現れたぐらいでは「日本全国」がパニックになったりしない。過去には全国民が逃げ惑い、全国民が恐怖に怯える、という描写が多かったけれど、それは実際の現実とはかなり違うであろう。

「シン・ゴジラ」においては、ゴジラが現れたときに逃げる人は一部。ほとんどの人は、

「え?あれなに?あれなに?やばくね?チョーやばくね?」

とスマホでパシャパシャ写真を撮り、Twitterにツイートし、ニコ動でコメントが流れまくっている。

 

ゴジラが街を破壊し始めるといよいよみんな真剣に恐怖に怯えるのかと思いきや、襲われた蒲田以外の電車は上下線ともに普通に運行。学校も被害地域以外はみんな普通に開校し、授業が行われている。

確かに、東日本大震災のような大災害ですら、多少の影響はあるにしても北海道や九州は何も無かったかのように経済がまわっていたし、日常生活が崩されることもなかった。

同様に、「シン・ゴジラ」でも、ゴジラに焦る人々が当該地にいるのは当然として、また一方でゴジラに全く焦らないほとんどの人々もきちんと描かれていた。

現実とは常に一面的で同質なものではない。

超リアル。

***

③ニッポン(=政府)の動きがリアルすぎる。

ゴジラが現れた途端、「ゴジラだ!大変だ!応戦せよ!」と司令部も日本中も一丸となる・・・とは「シン・ゴジラ」ではならない。

ゴジラは発見とともに「巨大不明生物」とタグづけされ、ゴジラという名を呼ばれることすら中盤以降まで許されない。

ゴジラが現れると、「なんだありゃ!?とりあえず現状確認のために集まろう。あ、関係者省庁のヤツ全員集合ね。」、ということで政府では関係ありそうな人もなさそうな人も全員集められて、すし詰め状態で会議が始まる。

ただし、現象としての「前例」も対策としての「前例」もないので話が全く進まない。ワニやライオンの捕獲とはワケが違うし、大地震が起きたワケでもない。

巨大不明生物が害があるかどうかも分からないし、冒頭に破壊されるアクアラインだって故意じゃないかもしれないので、

捕獲・駆除・排除

のいずれの手段を取るべきか、またその具体的な手法についてプロコンをまとめろと指示が出る。

その際、「それ、どこの役所に言ってます?」というナイスすぎるツッコミが入る。

政治家、官僚の誰も、自分の所轄官庁の管掌事項だと思ってない。災害対策基本法という法律はあれど、ゴジラを想定してるわけじゃないのでみんな困っている。

 

ゴジラが上陸して街をガシガシと壊しながら進んでいるのに、「巨大不明生物」に関する現状把握が最優先され、「有識者会議」が発足。枯れかけた生物学者のじじい達が集められる。

「現物を見てみないことにはなんとも・・・」と、当たり前すぎる結論が出て終了。その間数時間、勿論街はさらに破壊されていく。

 

街もそれなりに破壊され、とりあえずアイツ(=ゴジラ)、害ありそうだし、そろそろ何かやんないとマズくない?という空気が醸成されたところで、官房長官が総理大臣に対し、(厳密には名前違った気がするけど)「非常事態宣言」の布告に関する決断を迫る。

これは、災害や戦争などの非常事態において市民を強制非難させたり、警察や軍が自由をある程度制限したりすることができる奥の手の一種で、よほどのことがないと発布できない。

そのよほどの事態が起きているにも関わらず、首相は、

「え?今ここで決めるの?」

と渋る。ハンパじゃない優柔不断さ。蒲田が少々やられたぐらいでは発令出来ないぐらい、重いものだということなのか。じゃあどこまでやられれば発布できるのか。

かつて、あるアメリカの大統領は、「全ての責任はここ(=ホワイトハウスの大統領執務室)で止まる。」なんてカッコいいこと言ってたんだけどなぁ。

***

④ニッポン(=自衛隊)の動きもリアルすぎる。

国民は逃げるだけ、政府は逃げ腰。となると頼りになるのは自衛隊の皆さんしかいない。

しかしこの自衛隊も、過去の軍国主義化した時代の反省からか、武力行使には厳重な承認プロセスを課されていて、全く自由に動けない。

 

例えば、戦闘ヘリが出動してゴジラを照準に収めた場面。、今までのゴジラシリーズなら、普通にミサイルをぶっ放していたはず。

なのに今回は、逃げ後れた1組のじいさんばあさんがダラダラと歩いていて、それが視認できた瞬間に、首相命令で攻撃取りやめ。

勿論、攻撃を取りやめたことにより引き続きゴジラの前進は続き、街は破壊され、犠牲者も増え続けるのだけれど、それよりも「自衛隊の攻撃の副産物として出てしまう犠牲者」が2人出るのを避けることの方がよほど重要ということのようだった。

ちなみに、いくら現場が重要とはいえ、いちいち命令は首相→防衛大臣→幕僚長→現場指揮官→現場パイロットと階層を経ながら伝えられていく。逆も然り。命令が往復している間にゴジラは平気で移動している。

ドラマ「24」のように、非常事態に限って現場の主人公ジャックバウアーと大統領が直接話をし、あまつさえ階級と役職を超えた友情が双方に芽生える、なんてことは全然あり得ない。

平時には組織化されたヒエラルキーを守らないと混乱するとはいえ、非常時のコレはあまりにスピードに劣る。

 

自衛隊の装備もリアルだ。

過去のシリーズに出てきたような、戦車チックな見た目から強烈なビームを発する兵器なんてのも、出てこない。こんなの↓。

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自衛隊は、あくまでリアルを逸脱しないよう現存する兵器で戦おうとする。主に戦闘機、戦闘ヘリ、そして戦車。

さらには最終的にゴジラを仕留めることになる作戦も非常に地味。

本来であれば、普通のミサイルや銃弾が効かないゴジラに対し、なんだかんだあって開発された秘密兵器なり同等以上の力を持つ怪獣をぶつけてゴジラを倒す、というのが従来の手法。

ところが今回は、ミサイルや銃弾が一切効かないとみるやいなや、外国勢は迷わず核の使用を日本に要請。当事者として、そして唯一の被爆国としてそれはさすがに勘弁してほしい日本が選んだ方法は、なんと

どうにかこうにかゴジラを引き倒し、その上から爆破したビルをかぶせて身動き出来なくし、倒れたゴジラの口から血液凝固剤を流し込み、以て全身を凍結させてしまおう

というヒジョーに地味なもの。核エネルギーで動くゴジラの排熱機能に異常を生じさせて、体内原子炉を強制終了させ、それによる強力冷却効果により全身を凍結させるという原理らしいのだけれど、現実的すぎて全然感動しない。

でも確かに、ホントにゴジラが現れたとしたら、そして一切の武器が通じないとしたら、それでも核を使うのは無しだよなぁと思わされた場面だった。

 

なお、「戦力の逐次投入は愚策」と軍事の世界では言われているが、結局戦力の逐次投入以外に選択肢がないという現実も、この映画は突きつけている。

たとえば5の被害を生む事象なり敵に対し、10の戦力を投入したとする。しかしその敵を倒した後には、余った5の分の被害が出る。

そうすると、その責任は誰かが取らなきゃいけなくなる。そして絶妙なタイミングでその責任を問うてくる組織内パワーゲームが生き甲斐みたいなバカ狡猾野郎が必ずどの組織にもいて、「責任は誰が取るんですか?」とか聞いてくる。

本人はそのミスを足がかりに、ライバルの蹴落としと自らの昇進を画策する。

今回も、たとえばゴジラの脅威や能力が分からない段階で大きめのミサイルをぶっ放して、仮に倒したとしても、そのミサイルの副産物として発生した犠牲に関しては、意思決定をした人間が追及される。

そりゃ誰も意思決定したくないわな。だから結果として、「もう核で倒すしかないっしょ。」という究極の選択をせざるを得ない段階まで、戦力の逐次投入が続いて全て後手に回る。

***

⑤ゴジラの冗談通じない度がリアルすぎる。

今までのゴジラは、巨大で獰猛ではあれど、どこか犬や猫のような、人間と一部では心を通わせることができる要素を持っていた。

序盤では散々暴れ、悪逆の限りを尽くしたとしても、ゴジラの出自が人間の核であること、その濫用がゴジラを生み、ゴジラは人間社会への警鐘として現れたこと、

そのゴジラにどうにかお詫びの気持ちを伝え、「ゴジラ、お前も被害者なんだな・・」とか同情してみたり、「もう核とか戦争とか二度としないからお願い帰って!」と決意を新たにしたりと、

これからの人類の希望となる要素を持った一部の主人公たちが心からお願いすると、ゴジラはなんとなく「分かったよ、お前らこれからは色々気をつけろよ。でもお前らがまた調子乗ったらいつでも現れるからな。」と言わんばかりに背を向けて東京湾に帰っていく。

そんな感じが過去のゴジラシリーズに共通したゴジラの態度だった。序盤の戦闘シーンでどれだけミサイルをぶち込まれようが熱戦兵器で煮たり焼かれたりされようが、最後には黙って許してくれた。

「シン・ゴジラ」では、そういうのが一切ない。

 

犬とか猫ならまだしも、ワニと心を通わせようとしても、たぶん無理だろう。それと同じだ。今までのゴジラと心が通ってたほうがよほどおかしい。

「シン・ゴジラ」を見て最初に目に付くのは、ゴジラが変態していく過程である。フリーザ様みたいに、第一〜第四形態ぐらいまで進化していく。

始めは四つん這いでワニがアルベルト・コンタドールのダンシングしてるみたいにカラダをウネウネさせながら歩き回り、気が向いたのか途中で進化し、最後はいつも通り二足歩行。

姿形は最初と最後で全く異なる今回のゴジラに、最初から最後まで共通していたのは、

圧倒的に目がヤバい。

という点。

一切の感情が読み取れず、勿論会話も交渉も成立しなそうな目。ベン図のAとBとCが一部重なってこれが俺たちの共通項だね、みたいな仲良くなれる感が一切ない。人間とは完全なる別種。おろロシアなKGBより怖い。

勿論、以前のゴジラのように、ミサイルをぶち込んでも最後は許してくれる、なんてこともない。やられたらやり返す。100倍返しだ。

ミサイルを発射してきた戦闘機だけを口からの熱線で撃ち落とす、というマンツーマンディフェンスではなく、メラを放ってきた人間に対してイオナズンでやり返すような、圧倒的な復讐度。当たるか当たらないか分からない熱線でバリバリ街を壊しながら戦闘機も撃ち落とす。

街を破壊する順番とか進路とかも一切人間の想定通りにはならず、歩きたいから歩くしカラダを冷やしたいから海に帰る。原発地帯を狙う、とかもない。

 

これは、「世の中には話が通じない相手もいるんだよ。(しかも近くにね。)」ということを示唆してるんじゃないかと僕は受けとった。

もちろん、日本にはSEALDsという素晴らしい特殊秘密機関があるので、話が通じない相手とも酒を飲んで籠絡してくれるはずだから、国民の皆さんは心配しなくてよろしい。

解散したというけれど、復活を切に願ふ。

 

⑥物語の終わり方がリアルすぎる。

「アメリカは大統領が決める。あなたの国は誰が決めるの?」

絶体絶命の危機に際して、アメリカから派遣されてきた特任大使はこう言い放った。核でやるのか、それ以外の方法はあるのか、失敗したらどうするのか、犠牲はどう考えるのか。

「全部、最後に決めるのはリーダーでしょ?それが日本にはいるの?」と言わんばかりだ。

ちなみにこのアメリカから派遣されてきた特任大使は、石原さとみ。

日本側の気持ちを忖度できる日系の人間を大使に仕立て上げ、寄り添った形跡を残した上で決断を迫るというアメリカ側の計算もちりばめながら、しかし日系アメリカ人なのにあまりにヘタクソな英語でまくしたてる石原さとみ。

ミスキャストだとか英語がヘタだとか色々ネットでは言われているが、可愛ければ全てよし、という言葉をみんな知らないのだろうか。

 

なんだかんだあってゴジラをミサイルの絨毯爆撃で引き倒すことに成功し、その上から高層ビルを爆破して生き埋めにし、かろうじてはみ出てる顔を目指して業務用タンクローリーが疾走。

口に血液凝固剤を大量にぶち込み、無事、東京駅でゴジラを凍結させることができた。核しかないと思われていた選択肢を避けることができ、本当に本当にギリギリのところで日本の未来も非核の原則も守ることができた。

一般的な映画では、こういう「最終ミッション」成功時には、アメリカの大学の卒業式のように帽子が乱れ飛んだり、全員が抱きつき合って喜ぶ。

ところが今回は、主要キャラが作戦失敗の際の最後の手段である核攻撃に備えて除染服を着てるから口ごもってて何を言っても聞こえないし、ゴジラが死んだわけではなく固まっただけだから、誰も全力では喜ばない。

だから全然ラストも盛り上がらない。全員でため息をついて終わり。

さらに、ゴジラを固めた5分後ぐらいには、

「さて、解散総選挙だな。。。」

とこれまた責任転嫁と深慮遠謀のうずまくセリフ。

マジでリアルすぎる。。

***

以上が、政治家や官僚、エセリベラル、そして見せ物的な意味で大ファンであるSEALDsの皆さんに「シン・ゴジラ」を是非とも観てほしい理由である。

Think Unthinkable

が危機管理の鉄則。

良い教材が出来たことだし、そろそろほんとに頼むよ。ゴジラは出てこないかもしれないけど、ゴジラ的な危機は世の中に沢山あるんだよ。

なお、なぜこの映画を観てほしい対象に自衛隊を入れてないのかというと、自衛隊の皆さんは既に本当によくやってくれてると思ってるからだ。

軍人に政治を牛耳らせない、という古来からの政治の課題を克服するためには、どうしたって自衛隊は政府の管轄下に置く必要がある。

つまりは命令がないと動けない仕組みにする必要がある。

なので、意思決定をする政治家や官僚の皆さんにはこの「シン・ゴジラ」を観てほしいし、その意思決定システムを有事の際にはなんとかスピーディ運用できるように作り替えてほしいのだけれど、それを受けて動く自衛隊の皆さんには「気をつけて頑張ってください。ありがとうございます。」以外の言葉は出てこない。

強いて言えば、「日本に絶望しないでね。」というぐらいだろうか。

いずれにしても「シン・ゴジラ」、オススメであります。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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