鞄が壊れました #1076


 

鞄がぶっ壊れた。

「どうせお前、その鞄も高いんだろう?」と何度か言われた我が鞄。

おっしゃる通りの激高級品で、なんとお値段6980円。2年ぐらい前にハンズで買った。

先輩方に倣ってスーツにも靴にも鞄にも1ケタ万円後半を使う生活が続き、「あれ?ちょっとこれ違うんじゃないの?行き過ぎじゃないの?」と思ってコスト削減策の一環として買ったのがこちら。

見た目が3−4万の鞄の変わらなかったから即決で購入。よく働いてくれました。

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しかし数日前から手汗のせいかグリップ部分がハゲてきて、そしてついに本日グリップそのものの皮の部分がちぎれ、中のプラスティックが丸裸になりますた。

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ちぎれてしまったから普通には持てず、かといって片方のグリップだけ持つと当然傾きが激しくバランスが取れない。

苦肉の策で選択したのが、プラスティック部分を暫定的にもとハマっていた場所に押し込み(治ってるわけではない)、擬似的に直ったふうを装って通常通り持つ、というもの。

こうすると見た目上は普通に鞄を持ってるように見える。

ただしデメリットが1つあって、推定握力45kg以上を常時発揮していないと、すぐにプラスティック部分がすっぽ抜けて片輪になってしまう、という点。

つまりは普通に持つとめっちゃ右手が疲れるという状態になってしまった。5分持ってるともう握力がヘロヘロ。

めっちゃ不便。

でも、なんかめっちゃ鍛えられてる気がするのさ。

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僕のトライアスロンの師匠は、そのまた師匠からのお達しで、無駄に重いバイクに乗せられている。

「貴様程度が軽い最新のバイクに乗るんじゃない。」

という厳しい軍令があるらしく、軍律を重んじる師匠は、師匠の師匠からの命じられたことには一切逆らわない。

あるタイムを超えることができたら、晴れて最新のバイクへの乗り換えが許可されるようだ。

え?それ意味ありますか?と聞いたことがある。そしたら師匠は、

「重いバイクだから、より強くなれるんです。」と言っていた。

不便だけど強くなることを考えたらむしろその重いバイクの方が良いらしい。

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今は昔に比べてだいぶ便利になった。

通信手段における便利さの向上を象徴する一つとしては、LINEがあるだろう。

めちゃ便利。

昔は好きな子の家に、親が出るリスクを考えながら、そしてその受付を怪しまれずに突破する術を考えながら電話をしなければならなかった。

メールなんてのもなかったし、それはそれは脇汗びっしょりのアクションだった。

今では好きな子もそれ以外の子も、LINEのIDさえ教えてもらえれば、何も考えずに連絡を取ることができる。

会話が苦手ならスタンプだけで話をすることもできる。だいぶ便利になったもんだ。一方でコミュ障と思われる子どもも増えてきている印象がある。

そりゃそうだ、リアルのコミュニケーションで必要とされるレベルが一昔前より下がってるんだから。

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いつも思うのだけれど、物事は便利なほうが快適だ。

新幹線のチケットはJRの窓口に並ぶよりもネットでさくっと買えた方が助かるし、

イチイチ郊外に車でいかなくても、基本的なものであればコンビニで大体の買い物は完結する。

いまでは、出張の際の荷物を先んじて出張先まで届けてくれてデカい荷物なしで出張できるシステム、なんてのも欧米では流行っているようだ。

まー便利。

でもその一方で、僕たちは不便を不必要に避けるようになってしまっているのではないかと思う。一度手に入れた便利は決して離したくないと、少し意固地になってしまっているのではないかと思う。

師匠は重いバイクなのに、それをわざわざ修行と見なしてせかせかと漕いでいる。LINEなんか削除してリアルのコミュニケーションをとったほうが、コミュニケーション力は磨かれる。

要するに不便というのは、便利に比べると効率性や合理性に欠ける一方で、人そのものの強さという点では、便利な場合よりもはるかに鍛えられるのだ。

てことで僕もしばらくは敢えてこのぶっ壊れた鞄を、握力MAXで握りながら歩いてみようとちょっと思った。

いや、マジ不便だけど。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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