リオオリンピックの感動に関する少し身もふたもない話 #1077


 

2週間に渡り繰り広げられたリオデジャネイロオリンピックが幕を閉じた。

感動と希望に満ちた閉会式の模様はこちら。

日本、ハンパねーと外国人が唸る気持ちも分かる気がする。これだけのコンテンツ、これだけの繊細さ、これだけの奥深さを持ってる国は、きっと日本だけだと思う。

 

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今回のリオオリンピック、過去数大会にはない盛り上がりを見せたと思う。個人比でもそうだったし、なんとなく日本全体がそうなっているように思えた。

僕自身の例で言うと、リアルタイムで見られたバドミントン女子タカマツペアの金メダル獲得以外にも、ニュースでしか見られなかった男子100m×4リレー、レスリング女子の各金メダルと吉田沙保里選手の銀メダル、

卓球女子団体の銅メダル、体操男子個人内村航平選手と団体の金メダル、男子テニス錦織圭選手の銅メダルあたりは全部泣いた。

タカマツペアが最終セットで5点差という絶対絶命のところから大逆転を決めた際には、全裸で号泣したし、それ以外にもニュースでほんの数秒しか見られなかった上記メダリストたちの勝利の場面にも、自然と涙が出てきた。

吉田沙保里選手の銀メダルと、卓球団体の銅メダルには、時代の区切りや世代交代の波を感じさせる何かがあった。どちらも、金より価値のあるメダルだったと思う。

選手の皆さんを始め、リオオリンピックで感動をくれた全ての人に感謝を言いたい。本当にありがとう!!!!!

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さて、と言いつつも身もふたもない話を少しだけしておきたい。

今回、リオオリンピックが僕のなかで、そして日本中でこれだけ盛り上がったのは、一体なぜだったのだろう?

先に答えを言ってしまうと、

結果が出たから。金メダルが沢山取れたから。

の一択。他の答えはない。

 

データで見てみよう。

この10年間で、夏季オリンピックは3回開かれている。

2016年リオデジャネイロオリンピック:金12個、銀8個、銅21個、計41個

2012年ロンドンオリンピック:金7個、銀14個、銅17個、計38個

2008年北京オリンピック:金9個、銀6個、銅10個、計25個

獲得メダルの総数は過去の参加オリンピックの中で最も多く、金メダルは4番目に多かった大会だった。この10年では最高の結果だった。

 

また、「前回大会までに金メダルを取っていなかった選手が今大会で初めて取った金メダルの数」、すなわち「バージン金メダリスト」の数は、

ロンドンオリンピック:5人

北京オリンピック:2人

に対し、リオデジャネイロオリンピックは10人(団体は1名にカウント)だった。12個のうち10個までもが、それまで金メダルを取ったことのない選手が獲得したものだった。

伊調馨選手のような絶対王者に加えて、それだけの数のニューヒーロー、ニューヒロインが生まれた大会だったということだ。

盛り上がらないわけがない。

最初はリオオリンピックの運営のマズさやリオそのものの治安の悪さのニュースにイマイチ乗り切れなかった僕たちも、日に日に

お?お?

お!お!

おお!

おおお!

おおおおお!!!!!

と盛り上がっていった。なんか、日本てスゲーと思えた大会だった。

この盛り上がりがロンドンオリンピックや北京オリンピックのときにあっただろうか?僕はなかったと思う。その理由は、身もふたもないけれど、金メダルの数が如実に違うからだと思う。

銀と銅も素晴らしい。メダルに色は関係ないと言いたい。しかし、世間がこれほど注目した理由は、やはり金メダルの数が多かったからなのだ。

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「結果が全てだ」

という言葉がある。

成果主義の権化みたいな言葉で、日本であまり濫用すると「手段を問わないヤバいヤツ」の烙印を押されかねない。

結果に徹底的にこだわる姿勢は見られるものの、とても冷徹で合理的な印象を与える。

 

「結果が全てではない」

という言葉もある。

「結果が全てだ」に比べると、幾分優しさと温かみを残した言葉だ。それまでの努力も認めようという包容力みたいなものを感じさせる。

どっちもどっちという気がするけれど、これらは結局のところ、どちらが正しいのだろう?特に、オリンピックのような勝負事においてはどちらがより優先されるべきなのだろう?

 

僕の個人的な意見としては、これらの言葉に前提条件を付ければ、それはケースバイケースではなく、always真なりと言えるのじゃないかと思っている。

日本語は、時に必要な枕詞や修飾語を省略することでシンプルで美しくなるが、しかし一方で意味が抽象的で不明確になることがある。

具体的には、

「結果が全ての領域においては結果が全てであり、結果が全てではない領域においては結果が全てではない」

が正解なのではないだろうかと僕は思う。

 

オリンピックは、プロが集い、競う場である。(※この場合のプロとは、その競技を自己のアイデンティティの第一層にしている選手を差す。厳密な意味でのプロ、アマではなく。)

圧倒的な才能をもってその競技に生涯を捧げ、世界で最も努力してきた選手達が、コンマのタイムや点数や距離を競って戦う。それは紛れもなくプロの世界だ。

そのプロの世界は、結果が全て。怪我をしていようが関係ないし、なんなら生い立ちも競技環境も全く関係ない。ただ純粋に、結果のみが評価の対象となる。

そして、プロの世界では観客もまた、選手に結果を最優先で求める。

勝てない人間は、悲しいかなどれだけそれまでに努力していたとしても、勝った人間以上の注目を浴びることはない。勝負に勝って試合に負けたとしたら、試合に勝った相手側の選手が評価される。

オリンピックは結果が全ての領域であり、ゆえに結果が全ての世界である。

今回盛り上がったのは、金メダルという結果が出たからだった。

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一方、たとえば高校野球はどうなのかというと、高校野球は一見結果が全てに見えて、実は

結果が全てではない領域

にある。

結果が全てではない領域の競技だから、結果が全てではなく、その他諸々が評価される。

怪我に悩んだ話、頑張ったマネージャーの話、あるいは残念ながら甲子園を前に亡くなってしまった選手の話。

誰もがまだ幼い面影を残す高校生たちに、結果以外の努力や明るさや輝きやストーリーを求め、以て毎年の高校野球が盛り上がる要因となっている。

畢竟、勝てないチームや投手も、立派なストーリーの主人公になる。

一方のオリンピックやワールドカップなどは、金メダルが少なかったり一次グループで敗退したりすると、残酷なほどに全く盛り上がらない。

周囲が結局のところは結果が全てだと考えている証左である。

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今回のオリンピック、金メダルの数とは別に、個人的感覚としては感動するストーリーも多かったと思う。

前述の吉田沙保里の敗北とその涙には日本全国が「今まで勝ち続けてくれて本当にありがとう!」という気持ちになったし、僕の友達は重量上げ女子の三宅宏美の銅メダル獲得を見て泣いていた。

シンクロの日本代表選手たちの練習は地獄以上の地獄(20kgの重り持ったまま立ち泳ぎとかは序ノ口)で知られていて、普段は鬼でしかない井村コーチが満面の笑みで選手たちを迎え入れた場面は、感動だった。

卓球の福原愛選手は、やはり「みんなの愛ちゃん」だった。いつのまにかエースが愛ちゃんから石川佳純選手に変わっていたことを僕はそれまで知らず、にもかかわらずの主将という重圧に耐えて銅メダル獲得とともに泣き崩れた愛ちゃんを見て、僕も少し泣いた。

金メダルも感動したけれど、その他のメダルも感動的だった。

しかしこれほどまでに感動出来た(後半はほぼ毎日泣いていた)のは、やはり金メダルが沢山取れた、すなわち結果が出たからだと僕は思っている。

もう少し言えば、

良い結果は、全てに意味を与える

のである。

正直に言えば、もしも金メダルがゼロの状態で上記のようなストーリーがあったとしても、僕はこれほど各ストーリーが人々の心を打ったかどうかは怪しいと思っている。

そんなことはない!という人情派の人もいるだろう。素晴らしいストーリーは素晴らしいストーリーだ!と。

でも、きっとそうはならないぜ。結果がきちんと出たから、翻って、みんなそれ以外の事象にも意味を見出してるんだよ。

イチローがもし500本安打すら達成しない選手だったら、誰も彼のカレーに対する異常なまでの偏食癖やストレッチへのこだわりに、意味を見出さない。

それと同じだ。

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オリンピックの感動を胸に、自分の人生はそれとは関係なく引き続き過ぎていく。

今回学んだのは、今自分がやっていることは結果が全ての領域の物事なのか、結果が全てではない領域の物事なのか、きちんと考えながら動こうということだ。

子育ては、結果が全てではない。これは分かりやすい。これが正解なんていう結果は求めなくていい。

資格試験は結果が全てだ。これも分かりやすい。愚直に点数を稼ぐのが近道だ。

仕事は結果が全てではないけれど、しかしそのうちの「アポを取る」ということに関しては、やはり結果が全てだ。合法的かつ倫理的なあらゆる手段を使ってアポの量を確保する必要がある。

にも関わらず、アポインターさんに対しては非常に甘く接してしまっていたような気がする。取れても取れなくても、がんばってるからいいかという対応をしてしまっていたように思う。お金を払っている側として、極めて甘い考え方ではなかったか。。。

あるいは、自分自身のアポの取り方にも、振り返るべき点が沢山垣間見えた。結果が全てな領域なのに、ダメじゃん俺。

なんてことを考えた35歳の夏。

ダイエットも結果が全て。

痩せてないのに色々なストーリーを語るのはやめよう。痩せてないヤツのダイエットストーリーは、100個集めてもライザップに掲載されない。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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