8月26日は、僕にとって1年のうちで、ある意味で最も思い入れのある日だ。
僕の誕生日ではない。
奥さんの誕生日でもない。
1号機や2号機の誕生日でもなければ、親や兄弟の誕生日でもない。
また、何かしらの記念日でもない。
***
では何の日かというと、僕が「初めてお客様を亡くした日」だ。
日頃から「万が一」とか「もしも」という言葉を僕らほど使う職業は他にないと思うが、その言葉を何度も何度も使っている僕も、実は当時、そこまで「万が一」や「もしも」が起こるとは、思っていなかった。
幸いなことに「身内の不幸」からはかなり遠い位置にいた人生で、家族皆元気だったし、僕自身も「そうは言っても長生きはするものだろう。」ぐらいに考えていた。
なぜなら、今の日本で「長生き」は確率的にはそう難しいことではないからだ。
 
しかしある年の8月26日、その「万が一」、「もしも」が起こった。
人の命には限りがあるのだと、心の底から分かった日だった。
そしてそれが自分よりはるかに年下の人間にすら起こるという不条理な現実があることも。
日頃の行いの善し悪しとは全く関係なく、運命のいたずらなのか神様の気まぐれなのか、あるいは純粋に運の問題なのか、
「人の人生は、いつか幕を閉じるものである」という逃れ用のない事実を、あまりに短いタームで経験することになった。
***
以来、僕はそのお客様の家族に毎年同じ日に電話をかけている。
「最近どうすかー?」「そっちこそどう?」
会話は軽いテンポで、笑いも30秒に1回ぐらい発生しているけれど、どちらもあの日に起きたことを決して忘れてはいない。
むしろ、その重さが分かるがゆえに、務めて明るく軽く、話をしている。
「今年も電話ありがとうねー。」そう言われて、電話を切る。
その後、なんだか何気ない日常にたまらない感謝の気持ちが生まれてくる。
振り返れば、僕はあの日以来、「保険屋」から「保険家」になったと思う。
決して良い日ではない。しかし、決して忘れられない日だ。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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