ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

「歩んでるからいい」というわけでもないという話 #1089

time 2016/09/03


 

僕は今、これから日本を変えていくであろうサムライたちと、切磋琢磨しながら勉強させてもらっている。

そのなかで、あるとき某ヒゲ侍氏と話した内容が、「ちょっと俺らこのままで大丈夫か?」感をもよおしたので、シェアしておきたい。

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ヒゲ侍氏は、恐らく日本生まれ、恐らく日本育ち、恐らく日本企業勤めにして、中東風情たっぷりの漢である。

というのは、仕事の都合で半年に1回ほど世界を一周するという離れ業をサラリーマンの業務としてやっており、特に業務の特色上、中東方面への出張が多い。

僕も学生時代にエジプトに一人旅で行ったことがあるが、そのときはたった10日間ほどの滞在だったにもかかわらず、最終日付近にはエジプト人にエジプト人と間違えられるという、かなりの同化に成功したのだった。

それぐらい、中東というのは濃く、粘り気がある。

んで、僕と違ってしょっちゅう中東に攻めに行っているヒゲ侍氏は、言うまでもなくはるかに芳醇な中東臭を身にまとっている。

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ヒゲ侍氏との会話は、普通に面白かった。なにせ、純ドメ育ちで純ドメ企業で働く僕と違い、真にグローバルな働き方をしている。しかもなじみの少ない中東が中心だ。

面白くないはずがない。かつ、ヘンに外資かぶれているわけでもなく、世界に対して日本人として何ができるかを常に考えるという芯も持ち合わせている。素直に尊敬できる。

んが、ある瞬間に、ヒゲ侍氏は、ふと顔を曇らせた。僕からするとバリバリもバリバリのビジネスパーソンで、公私ともに充実してる戦士寄りのリア充なので、その顔は意外とも言えるものだった。

ヒゲ侍氏は言う。

 

「正直、たまに思うんですよね。

確かに、目指す世界に向けて歩んでるという感覚はある。

でも、それで間に合うのか?って。」

 

何に間に合うのか?それはつまり、僕たちの死ぬまでに残された時間に、という意味だ。

僕はこの言葉に衝撃を受けた。

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僕たちは普段、基本的には自分のコントロール可能な範囲のなかで暮らしている。

その範囲において生きている限りは、時間軸というのは自分である程度見積もり、ある程度その通りにこなすことができる。

電車に何時に乗ると決めてそれを達成できない人はそうはいないだろうし、ごはんを食べるのに5時間かける人もまぁまずいない。

会社の大きなプロジェクトにしても、多少のズレはあっても大抵はこれぞと定めたデッドラインまでに、なんとか終わらせるものである。

ある程度の規模までは、それが通用する。時間をコントロールすることができる。

 

しかし、それがより大きな、誰に手にも余るような対象の場合はどうだろう?

たとえば年金問題。デカすぎて、問題点は明確なのに解決策が一向に見えない。

格差問題。同じく。

治安問題。かなり同じく。

いつかは解決させなきゃいけないので、そのことについては誰もが考える。少なくない形で進捗もある。

しかし、それが結局はいつ終わるか分からず、結果としては「次世代に引き継ぐ」形で、問題が問題のまま継承されていく。ありがたくない相続を発生させるわけである。

ヒゲ侍氏が言っているのも、要するにこういうことなのだ。

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僕たちは、ある志をもって勉強している。切磋琢磨しあっている。

それはとても良いことだと思うし、前に進んでいるという感覚は確実にある。

でも本当にそれで間に合うのか?

僕たちが生きている間に自分たちの手で成し遂げる必要のあることを、その意識のないまま、「前に進んでいるからOK」という免罪符を貼ってごまかしてやしないか?

このスピードは本当に出せるMAXなのか?

そういうことを、ヒゲ侍氏と話しながら感じた。

確かに、1万年の寿命があれば、僕たちはかなりの事ができると思う。でも実際、たとえば僕に残された寿命は、あとせいぜい50年。

35年も生きていて大したことをやってないのに、その1.5倍ぐらいの時間があと残ってるからといって、果たしてできるのだろうか?

前に進むことは、止まっている人にとっては十分価値あることなのかもしれない。でもその価値とは、あくまで自分ひとりにとってのものであって、つまりは荘厳なるオナニーなのであって、実際に世に対して価値を提供しているかといえば、それはやっぱり少し違うと思う。

ほんの少し前に進んで、それが世のためになってるのは、赤ん坊だけである。大人は、大人なりのスピードで前に進み、戦略目標を達成せねばならない。

そんなことを感じたヒゲ侍氏との対談だった。

そういえば、「痩せる」と公言して既に10年経過した自分がいた。すごく残念な気持ちになった。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。