ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

今日は35歳最後の日です。 #1100

time 2016/09/14


 

今日は35歳最後の日でございます。

つい数日前まで、誕生日の9月15日が近づいていることを全く感知できておらず、ただただ

「あー9月やー、下期やわー、やばいわー。」

としか思ってなかったので、いざ明日が誕生日というのが不思議な感じ。

本音としては、ちょっと待ってくれ、もう少し35歳でいさせてくれ、という印象。

しかし残念ながらあとほんの数時間で、9月15日になってしまう。

残された時間で、少し今年を振り返っておきたい。

***

僕は35歳を、「アラフォーへの入り口」として捉えていた。

35歳は四捨五入すると「アラフォー」。これは34歳までの「アラサー」で通せたのとだいぶ違う。

いや、マジで違う。

正直なところ、35歳であれば、四捨五入すればアラフォーではあるものの、「30代前半か後半か」という括りで言えば、前半に組み入れることが出来なくもない。

だけど36歳になってしまうと、もうこれは問答無用でアラフォーだ。40代はすぐそこまで来ている。

 

40代。

おっさん。

肥満。

加齢臭。

ハゲ。

家に居場所がない。

オヤジ狩り。

成人病。

娘に「お風呂に先に入らないで」と言われる。

新橋で上司と会社の悪口を言いながら焼き鳥を食べる。

犬にも吠えられる。

20代から見ればお兄さん臭のする30代とは違い、明らかなジェネレーションギャップがある。

不惑の歳。

 

・・・

・・・

40代に対して抱いていた妄想が広がる。そしてそれがもうすぐ現実のものとなる。

大黒摩季さんは、

「未来が見えないと不安になるけどくっきり見えると怖くなる」

と大ヒット曲「熱くなれ」のなかで言っていた。

何十年も先だと思っていた40代が、すぐそこまで近づいているという現実に気づいて、僕もやはり怖くなった。

うーん、ヤバい。

***

この数年、自分を変えようと、変えねばならないと色々なチャレンジをしてきた。

32歳ぐらいから始まったこの挑戦は、今振り返れば「ドキドキするチャレンジ」は結構してきたと思う。

フルマラソンに始まり、100kmマラソン、トライアスロン、アイアンマン、囲碁、ブログ、そして勿論仕事。。

自分の安全圏ではなかったけれど、心の奥がドキドキするチャレンジは結構してきたつもり。結果として多くのものを得ることができた。

 

35歳になった今年は、「ドキドキするチャレンジ」の更に先、「恐怖をすら抱くチャレンジ」にいくつか手を出してみた。

バスケのピボットのように、片足を軸にしながらもう片方の脚を動かしてきた過去数年と違い、自分の寄って立つポジション自体を変えるような、そんなチャレンジ。

安全圏の完全な外なので、幾分かの恐怖はやはり常にあった。恐怖すら克服して心が騒ぐぜ!なんて格好良いことを言いたいのだけれど、その実いつも恐怖と戦っていた。

恐怖を克服するのではなく、常に恐怖がすぐ隣を伴走しながらついてきた、という感じだ。

 

結果として、大して要領のよろしくない僕は、多くを失った。この数年で失ったものは一番大きかったかもしれない。

安全圏でピボットしていればなんとかなったのに、ドリブルをしてしまったがばっかりに山王工業のオールコートプレスを受け、沢北と深津に囲まれ、河田のブロックを食らい、一之蔵にピッタリ張り付かれて、何度もボールを失う恐怖を味わった。(スラムダンク25巻以降参照)

というか、何度もボールを失った。

失ったボールを取戻そうとしたけれど、体力は既に限界で、後半3分で20点差近くを付けられた湘北高校のように、ボロボロになった。

うーん、30代前半の集大成の歳のわりに、あまりに情けない。

しかしこれが、僕の35歳という歳のうそ偽りのない姿だった。

***

んでその「満足感」とか「達成感」とか「充実感」という意味では何の成果もなく、ただ苦しいだけだった35歳が間もなく終わる。

「不惑」の40歳に向けて、すなわち不動で泰然自若として意志の定まった40歳になることを目指し、30代後半の1年が始まる。

楽しみでもあり、やっぱり怖くもある。

自分の持っているものに感謝しつつも、他の人が当たり前のように持っていて、自分にはなぜか全くないものを恨んだこともあるけれど、それはそれとしてやっていくしかない。

 

・・・と、そんな自分のことばっかりを考えていたら、35歳最後の日に、なんと友人の訃報。

僕はまもなく36歳になる。しかし友人は永遠に35歳のまま。

使い古された言葉ではあるけれど、世の真実を突いているこの言葉を思い出した。

 

あなたが何気なく生きている今日は

誰かがどうしても生きたいと願った明日

 

「あいつの分まで」とは軽々しくは言えないけれど、でもそのひとかけらでいいからそんな気持ちを持ちながら、一生懸命生きようと決めた日だった。

合掌。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。