ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

書いてあるだけで神々しさが増す言葉たち #1118

time 2016/10/02


 

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ある日、トゥモローランドで靴を見ていたら、ふと値札に目が止まった。

見ると、

 

JOSEPH

CHEANEY

&SONS

 

と書いてある。御価格7万円越えの高級靴。

チーニーと言えば、イギリス靴の代表格のひとつで、名門とされている。さすが、その横に陳列されている2万円の靴と比べると、若干神々しく感じられる。

僕にとって靴の値段とは、神々しさだと思っている。だからその神々しさが分からない僕にとって、高い靴はあくまで高いだけであることを申し添えておきたい。

とはいえ、チーニー一族が何百年も続く工房にひたすらこもって、丁寧な靴づくりを伝承している様子が、目の前に浮かんでくる。名門かくありだ。

***

しかし、しばらくその神々しい靴を見ていると、とんでもないことに気づいてしまった。

神々しさにうっとりしていれば済んだ話なのに、うっかり日本語訳してしまったのだ。

 

 

ジョセフ・チーニーと

息子たち

 

 

・・・

おおう、これじゃうっかり、

 

 

ケイタ・アカバと

愉快な娘たち

 

と書いてあったとしてもあまり変わらないぞ?

と思ってしまった。

途端にワイワイガヤガヤやってるだけのウチの光景が目に浮かび、そんななかで1歳になる二号機が僕の靴を勝手に持ってきて、「あばー!!」とかいって投げつけてる図を思い出してしまった。

チーニー、マジかよ。あんたも苦労してんだな。

しかし同時に思った。

英語で書いてあるだけでありがたく見える。神々しく見えるのはそのせいか。

英語って・・・得やな。。

***

他にも、和訳したらとんでもなくダサい名前だということが分かったのがいくつかある。

そもそもの意味が違ってたらごめん。

「EXCELSIOR CAFE」=「もっと高く!カフェ」(カフェだけなぜか日本語のままなのは無視)

「TULLY’s COFFEE」=「タリーさんとこのコーヒー」

「サイバーエージェント」=「電脳代理人」

「ソフトバンク」=「柔らかい貯蔵所」

これらは、間違いなく日本語じゃ今ほどはヒットしなかったと思う。

 

他にも、なんだか和訳するとダサいのだが、外国語を用いているがゆえに神々しく聞こえるものがいくつかあった。

「シガール・オ・テ」(国民食ヨックモックのメイン商品の亜流)=「シガールお茶味」

「プリン・ア・ラ・モード」=「流行のプリン」

「ショコラ」=「ただのチョコ」

日本語じゃダメで、英語でも何となく神々しさが足りないときは、フランス語やイタリア語を使えば良いという典型例。なぜかスペイン語が使われることはあまりない。「パトロン」ぐらいか。

 

日本語でも、これが付いてるとなんだか神々しく見える(と個人的に思ってる)のがこちら。

「◯代目」=一子相伝で歴史を感じさせる効果がある。3代目J Soul Brothersは典型。「初代」よりもよほどありがたく感じる。「僕、◯代目です。」と言われると歴史ある重厚長大企業を経営しているように聞こえる。

「焙煎」=絶対美味い感じがする。一滴一滴絞り出すような。

「◯◯◯風(外国の地名入り)」=大体フランスのモンサンミッシェルかスペインのひまわり畑が思い浮かんで美味しそうな気がしてくる。

「京都の職人が選んだ」=一見さんお断りの頑固な大将たちが選んだ譲れない逸品のにおいがする。

「巨匠」=黒澤明、宮崎駿級であることを想像させる。

***

本質を追求するのは大事だ。

僕も常に仕事で、あるいは人生での本質を追求したいと思ってる。

だけど、日本語だとあまりにダサい業種があったり、反対に日本語じゃないとあまりにダサい分野あったりと、要するに受け手がどう見るか、どう感じるかでその事象の価値が決まるということも、決して無視してはならないと思った。

本質とは、相手に届いて初めて、その真価を発揮するものなのだ。

いくら本質的でも、ガラパゴスっていては、話にならない。本質を届けるために、時に小手先の技を使うことは、実は小手先でもなんでもない。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。