スラムダンク感溢れる高校で講演してきた話 その3 #1123


 

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「スラムダンク」であまりにも有名な翔陽高校で講演の機会をいただくという夢のような企画。

僕と下記の5人で190cm以上の選手がゴロゴロしていると思われる翔陽高校へ、いざゆかんと突入していくのであった。

「監督」:今回の総元締。体型はスラムダンクの安西先生に近い。色々スゴいが早逝が心配。

「カトゥン」:EXILEのような感じのIT社長。たぶん婚活中。

「イゲザイル」:髪型が碁盤になってる囲碁会社社長。間違いなく女活中。

「ネモティ」:囲碁サイト社長。息を吸わずにしゃべり続けることができる。

「HASHIMOTO」:似顔絵会社社長。似顔絵を目の前で5分で書ける。今回のエース。

***

いよいよ授業が始まった。

「つまらなかったら彼らは3分で寝ますから。」

事前ミーティング「監督」が言っていたセリフがこだまする。

湘北高校対絶対王者・山王工業の対戦でも、後半開始3分、そしてラスト3分が大事だった。

3分。

この3分は、絶対無二の3分なり。松岡修造がオーバーラップする。

 

まずは今日のObjectiveを確認せねばならない。

「今日は『社長が来て話する』って知ってた人!?」

目の前に座る40人からは、誰一人手が挙がらない。好奇の視線が注がれてるのはなんとなく分かるが、しかし誰も手を挙げない。

マジか。

思い出した、これいわゆるアレか。優先順位が、僕の記憶だと

英語→世界史→現代文古文→数学→地学→体育→音楽→→→→→→→→→→→→ホームルーム

となっていたが、まさにあんな感じか。ここは僕が優先順位を最下限に置いていたホームルームなのだ。

受験生が、大人の話なんぞ興味があるわけがない。完全なる逆境。

まだ若く経験が不足していている「イゲザイル」が塵となって散った理由が分かる気がする。

 

一通りの挨拶を済ませた後、僕の学生時代の話に触れ、この高校の名前に興奮している旨を伝えた。そして、

「『スラムダンク』、読んだことある人!?」

1970年代後半から1990年生まれぐらいまでであれば、「スラムダンク」は「ドラゴンボール」と同じく教養人の基本とも言えるほどの必読書であった。男子はもとより、女子でもほとんどの人が読んでたのではないだろうか。

あれだけのクオリティの漫画であり、かつ翔陽高校という名前。これはもう全員が

「読んでるー!!!」

と雄叫びをあげてクラスが一体になることを予想していた。そうなればこっちのもんだ。

 

と思ったら、今度は挙手があった。

5人。

ま、まさか、まさか、そんなはずはなーーーーーーい!!!!!

悟空の真の強さを知ったベジータさんやフリーザ様のように心のなかで叫びながら、僕は目の前の状況を受け入れた。

よく見れば、「スラムダンク」の翔陽高校にいたような190cm超えのバスケットマンらしき生徒は一人もいない。

いたら腕力でねじふせようと思っていた不良系の生徒もいない。

女子は女子で、僕の頃に我が者顔で闊歩していたルーズソックスの茶髪の女子校生、みたいのも一人もいない。みんな清楚だ。

要するにとても「良い子」が多かった。僕はここから、彼らのために50分というチカラを使って、自分の持てる全てを伝えていくことになる。

彼らはまだ若い。だから、彼らの人生の角度を1%でも上げられるような話が出来れば、それは時間経過とともにとてつもない違いを人生に生み出すことになる。

いざ、勝負。

***

細かい内容は割愛するけれど、要するに結論から言うと、

 

人生の社長になろう。

勉強も、大学行くのも、誰かに強制されるものじゃなく、自分の意志でやったときに初めてパワーが出る。

「株式会社俺」、「あたし株式会社」の社長になろう。

人生の舵は自分で全責任を負ってぶん回していこう。

 

てな話をさせていただいた。

彼らが今取り組んでいる受験や、日々心に波風を立たせている恋愛の話をしながら、実はそこですべきことと人生ですべきことはつながっていて、結局のところひとつの軸で見れば一緒なんだという話をした。

脇汗と尻汗をびっしょりかいた50分が終わり、もう1コマも別のクラスで別の話を。やはり2コマ目のほうが若干うまくいった。

良い子に見えた生徒たちはほんとに良い子たちで、高校生の頃の僕だったら寝る、漫画読む、早弁する、あからさまに反抗的な態度を取る、というのが当たり前だったのだけれど、ほとんどの子がずっとこちらを向いたまま、目をキラキラさせながら聞いてくれた。

残念だったのは、明らかに沈んだ目をした子が数人いて、この子たちに火をつけることは正直言えばできなかったと思う。

青年期にあたる高校生は、どんな大人からも目を背ける時期でもある。否応無く大人になることと向き合わざるを得ない大学生や、まだまだ子どもでいられる小中学生と違い、一番多感で敏感で、そして繊細である。

押し付けた話はひとつもしてないつもりではあったけれど、彼彼女らですら目を輝かせながら参加できる授業をできるようになりたい、と心底思った。

 

出し尽くした50分×2コマが終わり、帰ろうとしたらある女子生徒が「ちょっといいですか?」と来てくれて、

「めっちゃおもしろかったです!ありがとうございました!」

と言ってくれた。

涙が出るほど嬉しかった。ていうかさ、そういうコメントをわざわざ引き止めてまで伝えるのって、実は勇気が要ることよね。この子、スゴいなと思った。

 

アンケートを見ると、予想以上に好意的なコメントばかりで、一番印象的だったのは、

「こういう先生が欲しかったです。」

という、これまた涙が出るような感想。

ありがたや、ありがたや。むしろこちらがありがとうと言いたい。

***

控え室に帰ると、「監督」、「ネモティ」、「イゲザイル」の3人の社長が、息も絶え絶えに明日のジョーばりに灰になっていた。

出し尽くしたのだろう。

似顔絵を超速で書き上げるという飛び道具を持った社長である「HASHIMOTO」は、「まぁ、こんなもんでしょ」といった感じで王者の風格を漂わせていた。勿論、先生の似顔絵で爆笑を獲得したとのことだった。

最後に部屋に入って来た色黒チャラ目なEXILE系社長の「カトゥン」は、女子校生にキャーキャー言われてご満悦のようだった。いつか、男の嫉妬は女の嫉妬より恐いということを思い知る日が来れば良いのになと思う。

僕はというと、疲労困憊する前記3人の社長を尻目に、「HASHIMOTO」よりは少ない程度に余裕があり、「カトゥン」よりは少ない程度にご満悦であった。つまりは自分のなかでそこそこの達成感と、心地よい疲労感が同居していたのである。

 

「高校生って、最強の聴衆だよな。」

と言った「ネモティ」の言葉が印象的だった。確かに、最強の、そして「最恐」の聴衆だった。

社会人向けセミナーと違い、まずもって僕らに興味がない。そして大人への時間的な距離がある分、仕事の話をしても通じない。そして彼らは自由であり、寝るのも睨むのもおしゃべりするのも自由である。

懇親の2コマの死闘をくぐりぬけた社長たちは全員、

テレレテッテテー!!!

とレベルがいくつか上がったように見えた。

***

I have a dream.

僕には夢がある。

いつか、とは敢えて言わない。

僕は30年後の未来の日本を良くしたい。

なぜ30年後かというと、今年7歳の1号機、1歳の2号機が、ちょうど彼女らの子育てに必死になってる頃だからだ。

30年後には、僕たちが今日本に抱いているような漠然とした不安感、不信感、絶望感、泥船感がない、安心安全な希望を持てる国にしたい。

子どもを育てるときに、今の日本のように後ろを気にしながらではなく、前を向いてそれが出来るような国にしたい。

そのときに国を支える生産人口の中心にいるであろう今回の高校生たちに、今自分が持っているものを全力で伝えることというのは、僕にとっては風が吹けば桶屋が儲かる的にやや距離のある話ではあるけれど、決してつながっていないわけではない話でもある。

未来のために、なんて、昔の僕を知っている人から見ればどの口が言ってんだ、と思うかもしれない。僕自身も驚いているが、何を隠そうこの口が言い始めたのである。

しかも本気で。

 

ふとしたきっかけや出逢いやひとつの言葉で、人生なんてガラリと変わる。

その一助になれたかどうかは分からないけれど、もしそんなふうになれたとしたらとても嬉しいし、ぜひその経験を未来の高校生たちに伝えていってほしいと思う。

とても素敵な経験をさせてくれた翔陽高校の皆さんに心より感謝したい。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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