過労死、過労自殺を防ぐ方法について(もっともらしい反論に対する反論) #1131


 

某超大手広告代理店の過労自殺問題について、過労死、過労自殺を防ぐ方法についてというエントリをちょっと前に書いたら、普段沈黙のサイレント読者さんたちからコメントがいくつか来た。

なるほど多かれ少なかれ、皆さん問題意識を持ってる話題なのだということがよく分かった。

で、この件に関してさらにいくつかの記事を見ていくと、こんな話があった。ネット界隈で結構有名な方が書いた記事だ。

強制捜査を受けた電通、新入社員の自殺事件は長時間労働が原因ではない。

ものすごく勝手に要約すると、

▼過労死、過労自殺問題の解決策として、長時間労働の規制は抜本策にはなり得ず、所詮は入り口に過ぎない話である。

▼「原因」と「結果」をはき違えるな。長時間労働は「原因」ではなく、生産性の低さから来る「結果」である。

▼というわけで「手抜き」と「値上げ」で生産性を向上させるべし。

という主旨のことが書かれている。

 

僕の個人的な意見としては、2番目に超絶反対したい。つまり、

あんた(=上記記事書いた人)も「原因」と「結果」をはき違えてやせんかね?

長時間労働は生産性の低さから来る「結果」ではなく、長時間労働こそが生産性の低さの「原因」である。

というふうに。

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少し説明したい。

このエントリを書くにあたり、僕が理想的なモデルと考えているのは、ママリーマン(子持ちで働いてるママさん)である。

一般的に、ママリーマンは、非常にタイトな時間をやりくりして働いている。

朝は起床と同時に子どもの保育園の準備をし、朝ごはんをつくり、送りにいき、その足で会社に向かう。

仕事に多くの時間を割ける男性諸氏と違い、そもそも時短でやや申し訳ない感を抱えるママリーマンたちは、煙草休憩や食後休憩などというものをほとんど取らずに、黙々と仕事をする。

終業時間を超えることはほとんどない。なぜなら、保育園には預けられる時間の上限が決まっており、延長料金を払っても何ともならないところが多い。

だから上司から仕事を終わり際に無茶振りされることは未然に防ぐような振る舞いに自然となるし、仕事は極めて計画的に終わらせる。

終業と同時に会社を飛び出すと、ハイヒールがすり減るのも無視して電車に飛び乗り、保育園に我が子を迎えにいき、連れて帰ったあとはご飯とお風呂とねんねという戦争をくぐり抜け、自身の顔に美容液と乳液を塗りたくって走りながらベッドに潜り込む。

そうして下手したら1日30分も自分の自由な時間がないなかを、怒濤の効率でこなしていく。その効率は、50代の廃れたおっさんたちの数倍は高い。給料が半分以下で効率が倍以上なので、会社から見たら垂涎の「人財」たちである。

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その時間のタイトさの是非(ダンナがもっと手伝うべき、とか在宅にすべき、とか)は一旦ここでは置いておいたとして、一体なぜママリーマンたちがここまで恐るべき能力を発揮出来ているかというと、非常に基本的なことで恐縮だけれど、

子どもがいて保育園のお見送りとお迎えの時間が決まっているため、その中ですべてをやらざるを得ない

という環境にいるからだ。

あるそれなりに厳しい制約条件がすでに決まっていて、その条件下でやらねばならないことを全てこなすために、仕事を効率化し、家事育児も効率化しようとし、そのための知恵と具体策が出てきて実践に落とし込まれるわけである。

これこそがすなわち、「生産性が向上する」と呼ばれる現象そのものである。

ある会社では、ママリーマンどころか、シングルマザーしか雇わないと言われているけれど、意味するところは同じではないかと思う。

つまり、制約条件を必死に克服しようと努力する人間は、そうでない人間より明らかに強い、ということの証左なのではないだろうか。ママリーマンよりも、シングルマザーはさらに制約条件が厳しい。その分、パワーとスピードが違うということなのだろう。

言い方を代えれば、ママリーマンたちは短時間労働を強いられるがために、生産性が向上しているのである。これは、短時間労働が「原因」、生産性の向上が「結果」であると言えないだろうか。

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パーキンソンの第1法則では、

仕事の量は、そのために与えられた時間を全て満たすまで膨張する

と言われている。

一部のブラックじみた会社では、就業時間は朝の9時から翌日6時まで、と捉えられていると言っても過言ではない。そして、それだけの長さの就業時間がないと仕事が終わらないというところまで、いつのまにか仕事が勝手に膨張している。

そして、それをやっている当人たちは、「俺、こんなにがんばってるー」と言いながら、徐々に蝕まれていくカラダをリゲインとレッドブルで再起動し続ける。

 

何はともあれ、多少極端かもしれないけれど、本当に残業を禁止する、という手を打ってみたらどうだろうか。

そうしたら、いままでの働き方の「改善」では追いつかないため、初めてそこで「改革」の芽が出てくる。ママリーマンたちのような必死さが、全社員に現れてくる。

そうして生まれたパワーをうまく糾合すれば、驚くほどの早さで課題だった生産性の向上が実現するんではなかろうか?

 

「原因」と「結果」ははき違えてはいけない。全く逆の意味で本当にそうだと思った記事だった。

デブは太ってるから良く食べるのではなくて、よく食べるからデブなのである。自戒を込めて。アーメン。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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