ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

本気でそうだと思い込んでる人間の説得力はハンパないと感じた話 #1134

time 2016/10/18


 

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もうすぐ、1号機の誕生日である。

今年で7歳になる1号機は、誕生日が近づいたある日、一通の手紙をしたためて、母親(=ママ=奥さん)に渡した。

その手紙を写メったものが、僕に送られてきた。

原文ママで、下記のようなことが書いてあった。

 

ままには、スケートのスカート。

ぱぱにはほうせき。

みさきちゃん(=叔母)にはほっぺちゃんのけしごむ。

よっぺー(ママ方祖母)はかわいいしーる。

にいにい(=叔父)はぶどうのにおいがするねりけし。

ばあびい(=パパ方祖母)は、アクアビーズ。

 

 

要するに、誕生日に買ってほしいものが親族それぞれに割り当てられていた。

1号機は、ファミリーのなかで最初に生まれた。数年間、自分が世界の女王であるかのような振る舞いを許され、世界中から生誕や成長を祝うプレゼントが押し寄せていた。

その名残からか、誕生日プレゼントは「1人1個」という線を頑に守り続けている。

ところが、更に下を見ると、目を疑うような記述があった。

 

じいは

500円と、

モフルンと、

プリキュアのスタンプと、

プリキュアのようふくと、

くまのぬいぐるみと、

おりがみと、

マスカットのにおいがするねりけし

 

7つもの要望が、所狭しと書いてあった。

知っているなかでは最も高価格帯に位置する貨幣をしっかり要求する一方、モフルン(ほぼ熊)とくまのぬいぐるみを求めるという圧倒的な重複感。

「円」がしっかりと漢字で書かれていることにも驚いた。

シンプルにして明快。何をしてほしいかを1ミリもこちらが誤解しないような、完璧な内容だった。

そのとき、1号機から電話があった。セキュリティの関係上、親子電話を与えてあったのだ。

***

1号機は、僕が電話をとると同時にまくしたてた。

 

「あのね、ほうせきはね、ひかってないとダメだよ。ひかってないとほうせきだってこといえないから。」

 

僕は、それ以前の話として疑問に思っていたことを聞いてみた。

 

「分かった分かった。それでさ、宝石は分かったんだけど、じいが7個も買わなきゃいけないの、かわいそうじゃない?」

 

僕は、1年生にもなったら誕生日プレゼントはせめて1人1個にしてくれ、いやあわよくば全体で1個でも良いんじゃないの?と考えていた。

モノが溢れているこの時代に、モノで7歳児の歓心を買おうとする大人の浅はかさが、彼女の成長に良い影響を与えるとは思えない。

とはいえ、まさに誕生月は「囚人のジレンマ」状態になっていて、誰かがあげて誰かがあげないと、そこには「プレゼントくれなかった◯◯」というレッテルが貼られることになる。それだけは誰しも避けたいと思うのが大人心だ。

それを1号機は非常によく分かっている。分かっていて大人を操っている。

それでも1人で7個はさすがにやりすぎだと思って、1号機にじいへの要望を減らすよう上記のように上奏してみたわけ。

そしたら。

 

 

「え?なんで?」

 

 

という、100%混じりけのない、キャノーラ油みたいな純粋この上ない返事。

僕はめげずにこう切り返した。

 

「だ、だってさ、じいが7個も買っちゃったら、お金もたくさんかかって大変でしょ?」

 

うちでは、モノを買うのにお金がかかること、ガリガリ君よりハーゲンダッツが高いのでやめてほしいことなどを教えこんである。モノもサービスもタダではない。金銭教育の基本である。それぐらいのことは、1号機は分かっていると思っていた。

そしたら、

 

 

「そうだよね、たいへんだよね、じゃあパパが7こかっていいよ?」

 

 

お世話になってる義父を助けようとして出した助け舟に対する、完璧なるデンプシー返し返し返し返しカウンター。1RKO負け。

僕は呻きながら、ある事実を悟った。

1号機のなかでは、誰かが7つのプレゼントを買うことは規定路線であり、

それを今のところはじいが買うのが決定事項であり、

それをじいが出来ないなら誰か他の大人が買うのが当然であり、

じいが大変だからそれが1個に減るということは理論上も倫理上も道義上もあり得ないということであり、

すなわち自分は必ずある人間から7つのプレゼントをもらえる、

なぜなら自分は7歳になるのだから、

ということを心の底から信じているのである。

「勝てない」と正直思った。そして、じいが7つのプレゼントを買うことを黙認したのであった。

 

「あしたはやきにくやにいくから、いきたいならはやくかえってきてね?」

 

と爽やかに宣言して、1号機は電話を勝手に切っていった。

後には、敗北感だけが残った。

***

最近、世界はロジックや合理性ではない、何か別のものが動かしてるのじゃないかと感じる機会が多くなってきた。

言うなれば、最終的には「想いの強さ」のようなものが、世界を動かしている。

テスラのイーロン・マスクにしても、ソフトバンクの孫正義さんにしても、ユニクロの柳井正さんにしても、彼らが世界を動かしているのは、決してロジカルだから、合理的だからだけではない。

そこに他の誰も持ち得ないほどの「自分のやってること、考えてることに対する絶対的な確信」のようなものがあるから、同じ絵を夢見た人間が沢山寄ってくる。

一見すると無茶苦茶なことをやってるように見えても、それを100%正当化(自分に対しても他人に対しても)できるほどの「想いの強さ」があれば、それは多くの人が共感し、力を注ぐ道になる。

そのためには、誰が何と言おうと自分はこの道を突き進むんだという、一片の疑念もない純粋な信念が必要になってくる。そういうものを、世界を動かしている人たちは間違いなく持っている。

そして、あろうことか我が小国にも、6歳と360日にしてそれを身につけている人間がいることが判明した。

本当に何の曇りも無く、それがそうであることが正しいと思い込んでいる、その姿。

自分の人生にこれから起きることを一片たりとも疑わないその純粋さ。

誰よりもそれがそうだと信じている1号機は、大して信念のない我が一族を、強制的に行動に駆り立てるに至った。小規模ながら、彼女は確実に「世界を動かした」のである。

「全ての物事は2度起きる。1度はその人間の頭の中で。もう1度は現実に。」とは、誰の言葉だったであろうか。

まさにそういうことを体現している6歳と360日児を、心の底から尊敬してしまう、パパ6年と360日目であった。

これから、キラキラひかる宝石を買いにいかねばならない。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。