日本で一番幸せそうな女性たち それはOBSM #1136


 

ネット用語が氾濫する現代、それなりに歳を召された女性を総称して

BBA

と呼ぶ人たちがいる。

「バ◯ア」と発音するらしいのだけれど、この響きは相当程度に厄介な相手を指す言葉であり、侮蔑や敵意の意味も含まれてる。

僕自身、そう出来た人間でもないので、ベビーカーを引いてるときにすれ違いざまに「狭いのに邪魔ねー」などと言われたりすると、「こんのクソBBA!」と思ったりもするが、本エントリはそれとは異なる性質の女性たちを取り上げるため、もう少しお上品な呼称を使いたい。

今僕はカフェで仕事をしているが、隣の

OBSM

たちの会話が半端ない件について。あ、「おばさま」の略ね。

***

7名ほどのOBSMの会話は大体こんな感じだった。全員テニスをやってる方らしい。

少し長いがご容赦願いたい。どうやら、途中からしか聞けなかったが睡眠についての話をしているようである。

文字が太く大きくなってるところは、僕が話の流れや切り返しに驚き、感激したところである。

↓ ↓ ↓

「あんまり寝れないのよー。」

「でもさ、12時から8時とか9時まで寝れば8時間は寝れてるってことなんじゃないの?」

「錦織なんて9時間寝てるらしーわよ?やーね。」

「でも今度上海オープンなんか出るんでしょ?あのとき勝ってたのよ?だってよく動いてたわー。よく世界で試合やってるわよ。」

「でもでも、東京に彼女がいるでしょ?でもマイケルチャン(=錦織選手のコーチ、元全仏オープン覇者)が怒って部屋から出てこなかったのよ。」

「だから腰傷めたのよー。」

「でも錦織は勝負師じゃないかしら?あの人ちょっと遊ぶから。」

「可愛いけどでもトップに上がってくあれ?とは違うわよね。」

「内村航平はやっぱり集中力とか真剣さが違うわよね、錦織は素質はあるんだけど。」

「あの人(=錦織選手)は楽しくやって人に教えたりってほうが合うのよ、そうなのよ。」

「あの人(=錦織選手)、小学校のときから英語できないでしょ?アメリカ行ったときは。」

↑ ↑ ↑

(ここまで)

さて、上記はOBSM7の会話の「抜粋」ではない。「1つの連続した会話」である。特に誇張もしていないし、マスコミのように一部を切り取って編集したりもしていない。

約1分ぐらいのなかで、1人1人が生き生きと発言をした、その記録だ。

お気づきのように、会話の連続性が恐ろしく低い。

全てがブツ切りになっているようでいて、これでコミュニケーションが成り立っている。

ロジカルさは皆無。

MECEでもない。

出されたお題に対して、それに答えるかと思いきや、次の瞬間には違うお題を提議している。

そして自分のお題が流されて全く別の会話になったとしても、一切めげない。

そしてみんながみんな笑顔。

僕は、彼女たちOBSM7のいる場所が、

人類が到達すべきコミュニケーションのユートピア

なんじゃないかと思った。

***

OBSM7をプロファイリングするに、おそらくは日本に希少種となりつつある「幸せな日本人女性」の典型なんじゃないかと思った。

おそらくは結婚しており、おそらくは子どもが2人以上おり、そしておそらくはその子どもが嫁ぐか嫁をもらうかを既にしており、なんならおそらくは孫までいる。

おそらくは「お宅のゆうすけくん、結婚はまだなの?いい人いるといいわねー。」などと言われる要素は皆無だろうと思う。

おそらくダンナは数十年来ATM化しており、OBSM7は日々平均価格3000円を超えるランチを楽しんでいる。

およそ日本でトラディショナルに「女性の理想の人生」と言われてきたものを謳歌している、選ばれし人々であるように見える。

そのOBSM7の姿勢というか、自然体と中庸を極めたコミュニケーションには心底恐れ入る。

人の意見は一応聞く。ふんふんふんふんうなづいている。

しかしOBSM7の誰一人として、誰かに妥協することはない。一切ない。

言いたいことは最後まで言い、それが前に発言した人間の意見に左右されることはない。

声が異常にデカいため、相手に届かないということはあり得ない。「伝える」と「伝わる」を勘違いしている士業の先生方に参考にしてほしいほど、圧倒的に相手に「伝わる」話し方をしている。

「メラビアンの法則」も理解しているのだろう。身振り手振りも満載だ。

聴衆への配慮をする一方で、しかし自身の存在をしっかりと誇示し、議論の中心に常に座ろうとする。それぞれに強烈なリーダーシップを感じた。

そしてバラバラながらも、全力でぶつかり合いながらも、あるひとつのベクトルに向かって話が収束していく。

今回で言えば、

「内村航平は世界一のホンモノのプロだけど、錦織選手はそこまで行けないからテニスコーチでもしてた方が良い。マイケルチャンも怒ってるし。」

という、恐ろしくて誰も言えないような結論に、見事にたどり着いた。この切り口でのテニス界の分析は、きっとまだ誰もしていないであろう。松岡修造氏すら上回る分析能力だ。

 

なんてこった。

まさに理想とするコミュニケーションの境地。

僕が探していたものはこれだったんじゃないか。

一人では生きていけない人間が集団になると、そこには必ず派閥やパワーバランスや遠慮や嫉妬やマウンティングなどの現象が発生する。

問題を解決するために集まるはずなのに、そのこと自体がまた問題を引き起こす。

人間なんてそんなもの、所詮堂々巡りさ、などと半ば諦めかけていた僕にとって、OBSM7のコミュニケーションの形態は、これからの人類の進むべき道筋を表しているかのように思えた。

ひとつだけ懸念点、というか修正を希望する点があるとすれば、

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少し小さい声で話してほしかった。

 

 

 

 

 

 

という点だろうか。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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