ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

不可能の大半は「不可脳」から生まれる #1141

time 2016/10/25


 

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日々すくすくと、本当にすくすくと成長する1号機と2号機を見ていて、毎回繰り返している典型的なパターンがある。

 

1、(本人から見れば)未曾有の状況に対して、できない!こわい!と喚く。たとえば初めて自転車に乗る、など。

2、親が強制的な矯正を入れながら、トライ&エラーを100回ぐらいやらせる。

3、いつのまにか出来るようになる。たとえばいつのまにか補助輪なしで出来るようになる。

4、「さいしょからできましたがなにか?」という顔をされる。

 

これが何事においてもほぼ例外なく発生する典型的なパターンで、勉強だろうがスポーツだろうが、あまり関係ない。おそらくどの家でも同じなのではないだろうか。

子どもを見ていると、「できない」と言っていることの大半はできるようになるのだから、さっさとやれよと思う一方で、果たして我々大人はどうなんだろうと思うと、自分で突っ込んでおきながら、毎度心が痛くなる。

***

大人も、実際のところは最初の入り口は大して変わらない。

ただ、少々めんどくさい。

1、(本人から見れば)未曾有の状況に対して、いかにそれが危険か、リスキーか、自分が向いてないか、自分の専門分野でないかを延々とロジカルに語る。喚きはしないが結局ただ恐いだけ。

はい、ここまでは一緒。

 

このあとが子どもとは違う。

2、誰も強制しないし強制的な矯正も入らないので、「いろいろなバランスが」とか「ちょっと時期が」とか言って結局何もしない。トライ&エラーも積み重ならないので、ずっと初心者なまま。

 

さらにここからエスカレート。

3、いつのまにか出来るようになる、なんて奇跡は起こるはずもなく、「それ」を努力によって出来るようになった人を尻目に、「あの人はもともとちょっとレベルが違う人だから」と教室の隅で体育座りしながらつぶやく。

 

そしてここに落ち着く。

4、「最初から向いてないと思ってましたが何か?」

 

これが大人の陥る典型的なパターンである。見て分かる通り、ヒジョーにカッコわるい。ダサすぎるぜ大人。

***

結局のところ、タイトルにも書いたとおり、

不可能の大半は「不可脳」から生まれる

と考えて差し支えないと僕は思う。

実際問題「それ」が不可能かどうかはあまり問題ではない。「不可能だと脳が思っている」ことも問題ではない。それを打ち破る仕組みの有無が問題なのである。

これは子どもも大人も全く変わらず、しかし子どもには大人の強制力が働く一方で、大人には無駄に保障された自由があるので、ほとんどの人は自分の安全地帯から出ようとしない。

子どもの成長が早く、大人の成長が遅い、もしくは全然成長しないのはこういう構造から来ている。

やったことがないこと、出来ないことに対して、脳が「不可能だ」と考えるのは、全くもって自然なことだと僕は思う。今この瞬間にチェコに連れて行かれて、チェコ語の会議に放り込まれたら、「こんなん何年経ってもわかんねーよ!」と、思うに違いない。

しかしながら実際はチェコ語に染まって数年も経てば、大半の会話い理解できるようになっているに違いない。チェコ人の彼女もできているかもしれない。

人間、そんなものなのである。

***

ではどうしたらよいのか?何事においても、誰もが最初は「不可脳」になっている。この前提は誰にでもある。

それを、最終的には子どもの行き着く先と同じように、「最初から出来ましたが何か?」状態にもっていくためには、何が必要なのだろうか。

下記、順番に解説していきたい。

 

1、本当に不可能なことなのかどうかを見極める

「素手で空を飛べ」や、「自力で水中でマグロより速く泳げ」というお題であれば、これはたぶんどんなに悩んでも不可能なことだ。人間の限界を超えているし、物理的に無理だ。

しかし人間が一生の間で課される試練の大半は、「他の誰かが既に出来ていること」だったりする。しかも人類でたった1人しか出来ないことではなく、最低でも世界で1万人から10万人は出来ているであろうことがほとんどだ。

これは一時的に「不可脳」状態にはなるかもしれないけれど、実際問題不可能ではないことのほうが多い。めちゃくちゃ難しく聞こえる中国語だって、12億人がしゃべれるのだから。

 

2、やる気スイッチ、その名も「BigWHYスイッチ」を押す

やり方や順番が分からずとも、「なぜそれをやるのか?」が強烈で明確であれば、人間はたいていのことに耐えることができるし、努力を継続することができる。

それを僕は「Big WHYスイッチ」と呼んでいる。

WhatもWhenもWhereもWhoもHowも大事だけれど、一番大事なのはWHYだ。

 

 

3、「不可脳」じゃない人に教えを請う

「は?そんなん出来て当たり前じゃん」と思ってる人に弟子入りしよう。ちょっとレベルが上の人ではなく、最低でも3段から5段上のレベルの師匠に教えてもらおう。

ただし、同じ道程を通ってきた人に弟子入りするのは鉄則だ。

相続でお金持ちになった人に、「どうやってお金持ちになったんですか?」と聞いても、「良質の両親を持つことだよ」と分かったような分からないような回答をもらっておしまいになる。

せめて平民からお金持ちになった人に話を聞こう。

 

 

4、全てにハイかYesで答える

師匠が見つかったら、基本的にやれと言われたことに対しては全てハイかYesの2択で答える。

自分の意見などくそくらえ。オリジナリティなどブルシット。この段階では自分の意見など魔封波で封印しよう。

レベルが1のときに魔王の倒し方を云々言ってもしょうがない。まずは王様のワガママに答えて洞窟を攻略し、レベルを上げるべきだ。

 

 

5、トライ&エラーをアホみたいにする

何事においても、「やってみる」の試行回数を限りなく増やすことが、ブレークスルーにつながることは疑いない。

大半の人はこれをやらないから出来るようにならない。

野球であれば、アホみたいにバットを振ったりアホみたいに走る。

営業マンであれば、アホみたいにアポを取りまくる。

それだけで、実力はその業界の上位1%ぐらいまでは容易にもっていくことができる。

 

 

6、「最初から出来ましたが何か?」という表情は一瞬でおしまい

子どもが大人に感謝することはほとんどないか、だいぶ時間が経ってからだ。大半の子どもは、何かが出来るようになったら、それは自分の能力のおかげだと思っている。

子どもはこれでも良いけれど、大人は少しだけ大人らしく振る舞おう。

「最初から出来ましたが何か?」という表情はたわむれに一瞬だけ見せても良いが、そのあとは平身低頭、そこまで自分を引き上げてくれた全ての関係者、環境に御礼を言おう。

そうすると、さらに高い次元に自分を引き上げるチャンスに恵まれるようになる。また最初から「不可脳」と戦わなきゃいけないのだけれど、それは上記1〜6をまた繰り返せば、何度だって壁をぶち壊していくことができる。

不可能の大半は、「不可脳」が生んでいる。だけど、それを克服する仕組みを自分のなかにもっておけば、いずれは

Nothing is impossible

なんてカッコいいことも言えるようになる。

 

・・・

のかもしれない。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。