ブラック企業に勤める人におすすめしたい「大谷翔平マトリックス」のご紹介 #1142


 

新卒で美人の女性が超大手広告代理店で過労自殺をしたということで、メディアの注目が集まっている。

これそのものは極めて悲しい事件なので、これを機に人生の主体を誰かに奪われるような働き方を強いられている人たちが、少しでも減れば良いなと思う。

一方で、①新卒で ②美人で ③超大手広告代理店に勤めている という条件が揃わなければ、おそらくはこれほどの大きな事件にはならなかったであろうことを考えると、ショック療法でしか変わらない業界の不文律と傲慢のようなものには、吐き気すら感じる。

おそらくは①40代中盤の中年で ②ブサイクで脂過多で加齢臭漂うおっさんが ③中小企業に勤めていて過労自殺 という案件だったとしたら、たぶん誰も注目しなかったことだろうと思う。

要するにテレビ映りに耐える方が犠牲者にならないと、メディアは取り上げないのだ。アホかと。

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さて、メディアの悪口と広告代理店への嫌悪感を丸出しにしていてもしょうがないので、もし限られたなかでブラック企業に勤める人たちができることがあるとすれば、こんな方法はいかがかなと思うことを提案してみたい。

こういった悲劇に対しては毎度のように、「逃げることを選択しなかった側にも責任がある」という意見もあり、一方で「そういうことすら考えられなくなるほど追いつめられるのがブラック企業だ!」という反論もある。

僕はブラック企業にいたことがないのでそれがどれほど過酷なことか分からないけれど、ある意味でブラック(固定給ゼロ、残業代とか一切なし、会社からのサポート一切なし)な環境と言えなくもないなかで10年間働いている身としては、今プロ野球界で大活躍している彼の手法を使って、ブラック企業にいながらして、人生を俯瞰することは決して不可能ではないのではないかと思う。

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その名も、

 

「大谷翔平マトリックス」

と僕が呼んでいるのが、下記の図だ。

 

3

 

書いてある通り、大谷翔平選手はなんとこれを高校1年生の時に作成していた。

大目標はドラフト1位で8球団から指名を受けること。

その大目標を達成するための小目標を8つ挙げ、それぞれに対してまた8個の構成要素を以て、その成功確率を高めていく。

興味深い、というより驚嘆させられるのは、高校1年生であれば160kmの直球を投げることや、その他野球の実力に直結することに目が向くのは分かるが、「人間性」や「運」といったことまで視野に入っていたというのは、当時からハンパな選手じゃなかったことを伺わせる。

僕も高校野球ならぬ高校サッカー少年だったから分かるけれど、当時もしこういうマトリックスを書いたとしたら、フェイント、体力、カラダ、スピード、モテる、ぐらいのことしか書けなかったと思う。

ひとつのことを目指すというのは、それほど人間の視野を狭くする。

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んで、この「大谷翔平マトリックス」に関しては、そうは言っても大谷選手が独自に考えたものだとは僕は思っていない。

「お前、プロになりたいんか、だったらこれ埋めてこい」と言ってくれる、大人がいたのだと思う。

そのなかで、おそらく最初は野球のことしか挙げられなかったけれど、本当にプロのドラ1選手になるためにウンウン唸っているうちに、人間性や運も大事だということに気づき、追記していったのだと僕は予想する。

 

こういったマトリックスの効果というのは、そういうところにある。

前述した通り、ひとつのこと(大谷翔平選手であれば、8球団からのドラ1)を目指すと、視野は極端に狭くなる。時速160kmで高速道路を走ると、もはや自分の走っている車線しか見えなくなる。

しかし全部で81コマにも及ぶこの表を前にしたら、普段考えてない、あるいは頭の片隅で消えかけていることまで、文字に起こさねばならない。そしてそういった要素が欠けていると、実は大目標としていることまで達成できないということに気づく。

そして文字に起こしたことで、必然的に頭に定期的にフラッシュバックすることになる。畢竟、「大事なことを忘れず、視野を広く、視座を高く保つ」といったことができるようになる。

 

ブラック企業にうっかり勤めてしまうということは、常人には計り知れないほどの重圧があるのだと思う。仕事以外のことが考えられなくなるのだろう。

それは否定しないし、ぶっちゃけ理解できるとも思えない。

しかし、ふと気がついたときに、ほんの少し余裕ができたときに、この「大谷翔平マトリックス」の自分バージョンをつくっておけば、本当に追いつめる前に「休む」や「逃げる」といった選択肢も取ることができるようになるのではないだろうか。

「戦う」や「敵を倒す」といったコマンドが取れないときに、「退却」というコマンドを打てる確率が上がるのではないだろうか。

人生の目的があるなかで、仕事はこの表のわずか1/8を占めるに過ぎないということがたまに頭にオーバーラップするだけで、取れる選択肢は飛躍的に増えるのではないのだろうか。

僕自身は今現在、「人生全体バージョン」と「仕事バージョン」の2つをつくり、できるだけ毎日短い時間でも眺めるようにしている。

そして見るたびに思うのだ。

 

あー、これもこれもこれも抜けとったわー。

うわ、俺の伸びしろすげーじゃん!(全然出来てないから)

 

と。

自らの見えてるものがすべてではない、とどれだけの頻度と確度を以て世の中を見られるかで、行ってはいけない場所に行ってしまうリスクというのは、少なからぬ程度で減らせるし、行きたい場所に行ける可能性も一方で少なからぬ程度に増えると思う今日この頃。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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