ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

子どもと対等になるには、子ども以上に本気で遊ぶこと #1147

time 2016/10/31


 

キリスト教にもケルト人の祭りにも全く興味はないのだけれど、流行りに乗らないというポリシーを曲げて、仕方なくハロウィンらしい服装をしてみた。

いま流行りの、

 

「ピカ太郎」

 

という名前で町内デビュー。

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***

「ピカチュウ」と「ピコ太郎」が混ざってしまうなんて、

もはやビルボードどころの騒ぎじゃなくなるんじゃないか?

自分はもしや恐れていた通り天才なんじゃないか?

買収しなくても日本レコード大賞が取れてしまうんじゃないか?

と思ってドキがムネムネしていたのだけれど、

結果からすると、この格好で学校まで1号機を迎えにいったら、

 

9割の児童が素通り

 

という悲しい結果に終わった。

 

正確に言うと、

▼5−6年生はほぼ100%素通り。目すら見ない。

▼3−4年生は「あ!」と遠くで言った後に近づいてきてチラ見、その後素通り。

▼素直で可愛い1ー2年生は、「あ!」と遠くで驚いたあと、近くに来て、「ピカチュウだー!」と言っていじってくれた。これが1−2年生の3割ぐらい。

 

僕が小学校時代に、仮に孫悟空やフリーザ様のコスプレをしたヤツが校門の前に立っていたら、絶対に絡んでいたと思う。

近頃のガキどもは、僕らにとっての孫悟空やフリーザ様に相当するほどのスーパースターが校門に立ってても、見向きもしやしねー。

ゆとり世代は感動ってもんを知らねーのか!と憤り、日本の将来に暗い影が差すのを感じた。決して自分が注目されなかったからヘソを斜め45度に曲げた訳ではない。

決して。

***

さて、9割の児童は素通りしていったが、我が1号機(=1年生)はピカ太郎を見つけるなり、きちんとリアクションしてくれた。

 

「ぎゃはははは!だれあのおっさん!!!」

 

お前の父親だよ、と言いたいのをこらえて、他の児童の手前、笑顔を振りまく。今ならマックに勤めてもスマイルを振りまけるかもしれない、と思えるほど、穏便に済ませた。

奥さんたちの失笑、子どもたちの冷たい視線、わずかながらに憧れのスターを見る暖かい空気を浴びながら、僕は1号機およびその友人たちを全力で接待することにした。

左手には9kgの2号機、右手には20kgの1号機、同じぐらいの重さの友人1、そして友人2。合計約69kg。

なぜか異様にバランスの悪い状態で4人を抱えながら、頑張ったよピカ太郎。

 

その後も、9kgの2号機を抱えながらドロケイの警察役を一人でさせられたり、15分で戻ると言った奥さん方が1時間以上酒を飲んで戻らなかったり、次々とガキどもが落とす落とし物を広いながらゲームをやったりと、久々に出し尽くした1日だった。

最後の方には、当初警戒していたと思われる1号機の友人1、2ともに、僕に心を開いてくれたようだった。

下記は、疲れて2号機を放り出した様子。自分で歩けと。

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***

さて、子どもと遊ぶときの鉄則について改めて学ぶこととなった1日だけれど、とにかく、

 

子ども以上に本気で遊ぶ

 

こと以上に、彼彼女らと仲間になる上で有効な方法はないと確信するに至った次第。

 

もうね、すぐ見抜くんですよ、子どもは。

こちら(=大人)がつまんなそうにしてるのを。

こちらが手を抜いてるのを。

こちらの魂がここにあらずなのを。

 

それを見抜いた瞬間、子どもは、こちらとの世界に一線を引く。一旦その線が引かれると、容易にはこちら側に戻ってこない。

それは、結構寂しい。

そしてこれって、子どもに限らず、例えば仕事で部下を持ったときにでも、何か企画を立ち上げたときでも、言えることなんじゃないかと気づいた。

知ってたけど再確認。

「遊び」が「仕事」という言葉に置き換わったとしても、原理原則は変わらない。

常に自分が一番アツくあるべきってことだわさ。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。