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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

「サピエンス全史」のサブで出た「図解 ホモ・サピエンスの歴史」が面白い #1192

time 2017/11/04


 

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「北斗剛掌派」:世紀末の日本を救わんとする一派。少子高齢化と人口減少のなかでも、日本人の生産性を1.5倍にすれば帳尻はギリで合うと固く信じている。モヒカン、ボーガン系ヒャハり気味DQN男子はお断り。明日への希望となる種もみが好き。尊敬する人はウイグル獄長とミストバーン。

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少し前、「サピエンス全史」という本が大ヒットした。

主にホモ・サピエンス全般を対象とした人類進化史のため、そのサブ的な意味合いで出版されたのが、なぜかコンビニに売ってる「図解 ホモ・サピエンスの歴史」

我々が理解しやすいように、日本人のルーツに焦点を当ててくれている。我々の祖先はどこから来たのか?いかにして日本各地に広がっていったのか?僕はこういう本を読むとすぐ思考が数千年前にトリップするのだけれど、かなり面白い。

 

 

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「図解 ホモ・サピエンスの歴史」によると、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、めっちゃ違う、というわけではなかったらしい。

アメリカの解剖学者、ストロースによれば、「ネアンデルタール人をお風呂に入れ、髭を剃って、スーツを着せれば、地下鉄に乗っても、誰もネアンデルタール人とは思わないだろう」と論文で書いている。それぐらい、少しの骨格の違いを除けば、ほぼ現生人類に近い種族だったようだ。

決して、ネアンデルタール人は我々とは全く違う、オランウータンのような存在ではなかった。むしろ、ホモ・サピエンスよりもがっちりととしており、体力的には勝っていた。脳の容量はなんとホモ・サピエンスより少し大きく、1500ccほどもあったと言われている。

つまり、カラダが強く、火も使うし狩りもするし集団で暮らすネアンデルタール人が絶滅した理由は、ホモ・サピエンスに比較して頭が悪かったとか、創造性がなかったから、知恵が足りてなかったから、とは言い難い。

じゃあホモ・サピエンスが彼らを滅ぼしたのか、というと、どうもそれも違う。不思議なことに全面戦争の痕跡はなく、それぞれがそれぞれを恐れながら、適度に距離を取って暮らしていたとされている。

結果、両者は15万年ほど、地球の覇権を懸けて戦った・・・のではなく、あまり関わらないように共存したとされている。

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ではなぜネアンデルタール人は絶滅し、ホモ・サピエンスが生き残ったのか?だって、生物的にはネアンデルタール人の方が強かったのに・・・という疑問について、本書が示している仮説がなかなかに面白い。

曰く、

ネアンデルタール人は毛に覆われていたため、寒さに強く、それゆえに絶滅した。

ホモ・サピエンスはそれまでの類人猿が等しく持っていた体毛を放棄し、全身パ◯パン状態で生きていたため、寒さに弱く、それゆえに生き残った。

解説すると、ホモ・サピエンスは我々がそうであるのと同様、毛なし動物のため、ちょっとした気温の低下にも弱かった。特に氷河期や、アフリカを出て少し寒い地域に行こうとするともうダメ。

犬は真冬に外に裸でいても普通にしてるが、人間には江頭2:50やエスパー伊藤以外それが出来ない。それと同じだった。

しかし、出身地のアフリカを始め、狩猟によって食い尽くした食糧の確保問題はぶっちゃけ待った無し。あと少しで飢え死にする。じゃあどうするか?

寒くても移動するしかない、でも寒いからなんか羽織れるもの作ろう。

そうして毛皮や服を必要に迫られて開発したのがホモ・サピエンスだった。

そうして、ホモ・サピエンスは暑いアフリカから寒いシベリアやアラスカまで、それまでの類人猿が一度も到達したことのない範囲に広がることが出来た。

弱みを弱みのまま放置せず、「仕組み」によって強みに変えたのがホモ・サピエンスだった。

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一方のネアンデルタール人。

毛がボーボー。普通にしてれば全然寒くない。腕力も脚力もホモ・サピエンスより強いから特に困ることはなかった。

よって、ちょっと寒いぐらいのところでは何とも思わず、一方で創意工夫を強いられるような危機感が醸成されることもなく、服を開発することはなかった。

ホモ・サピエンスがたどり着けるような僻地にネアンデルタール人が向かえなくなってしまったのは、ひとえにホモ・サピエンスより元々は優れていたからだとか。

強いのに弱い、弱いのに、強い。

本来逆になっていてもおかしくはない不思議な勢力争いの結果、ネアンデルタール人は4万年前に絶滅している。ホモ・サピエンスが絶滅させたわけでも、間接的に影響を与えたわけでもないのに、なぜネアンデルタール人が絶滅したのかについては、まだ分かっていない。

分かっているのは、なぜホモ・サピエンスが生き残れたのかということを後追いで論理付けした仮説だけだ。

この分野はまだまだ新発見がありそうで、目が離せない。

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経営の神様、ドラッカーは、「強みにフォーカスせよ」と言葉を変えて何度も何度も言っている。

これを、元々持っている強みとだけ考えてしまうと、解釈を間違えてしまうと僕は考えている。

強みには、元々持ってた強みが長じて強みになった強みと、弱みを克服する過程で強みになった強みがある。

「図解 ホモ・サピエンスの歴史」は、後者の有効性を勉強する上で格好の教材になったと思う。

 

僕で言うと、こう見えて実は結構カラダが弱い。一時期は毎週のように風邪を引いていた。

だから普通の人よりも効率的に働かねば、長時間労働のヤツらに勝てないと思って、「言葉でより多くの人に伝える能力」を後付けながら開発することとなった。

いまではこの能力においてそんじょそこらのヤツには負けない力が付いたと思うし、それで食えてる面が結構大きい。

 

また、こう見えて意志も結構弱い。てかかなり弱い。いや自分的には絶望的に弱い。

一度決めたらずっと続けることができる、そんな素晴らしい人も世の中には沢山いるが、僕はどうもダメである。

そしてダメだからこそ、「とはいえやり遂げるための仕組みづくり」に関しては、人一倍細かく環境を整えることが出来るようになってきた。感覚ではなく、言語表現として、成功のための仕組みを再現性高く標準化することに成功している。

その成果が、初心者から半年で完走したアイアンマンや、これまた半年で取得した囲碁初段である。

これも、意志が強かったらこんなことは考えもしなかったと思う。

弱みを弱みのまま放置するのか、発想を逆転させて強みに仕立て上げてしまうのか。

考えるきっかけになる良書であっただす。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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