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「北斗剛掌派」:世紀末の日本を救わんとする一派。少子高齢化と人口減少のなかでも、日本人の生産性を1.5倍にすれば帳尻はギリで合うと固く信じている。モヒカン、ボーガン系ヒャハり気味DQN男子はお断り。明日への希望となる種もみが好き。尊敬する人はウイグル獄長とミストバーン。
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僕は元々ビニールハウス育ちだ。
蝶よ花よ、とまではいかないけれど、家はもとより、学生時代も、なかなかにぬるま湯のなかで過ごしてきた。
ろくでなしブルースは漫画だけの世界で近くにDQNは一人もいなかったし、科挙のような苛烈な受験戦争とも無縁なまま、ダラダラと受験を積み重ねてきた。
それが少し崩れたのが、新卒で入った外資系IT会社。
入社してすぐ知ったのは、
下位5%のローパフォーマーはクビ
という制度だった。実力主義かつ終身雇用を期待していた甘ちゃんな僕の安穏とした人生の夢は、ここで断たれた。
自分が出来る人間だったらちゃんと評価はしてほしいけど、出来ない人間だったとしても見捨てないでほしい、なんて、会社を経営する今の立場からしたらシバきたくなるような甘い考えをしていた当時、この「下位5%はクビ」という制度は、なかなかに刺激的なものに見えた。
「あー、なんてところに来ちまったんだ。なんとかクビにならないようにしないと。」と当時は思った。
僕のすぐ近くでクビになった人はいなかったが、同僚の同僚ぐらいの範囲では、「あの人はクビになったらしい」なんてことが聞こえてきて、そのたびに絞刑吏に鎌を差し出されている気分になった。
下位5%を入れ替えるというのは、GEなどのトップ企業を含め、わりとどこでもやっている制度であるということは、後で知った。
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ほどなくして、3年目の思春期から25歳で生命保険会社に移った。
本当に素晴らしい仕事ではあったが、しかし業界全体の致死率を見ると、なんと2年で9割
下位5%どころではなく、普通にしていたら死ぬという環境が用意されていた。ガッデム、良い方の話しか耳に入ってなかったぜ。
事実、優秀な人が多かったので2年で9割ほどではなかったけれど、同期は20人以上いたうち、数日で1人辞め、3ヶ月で1人辞め、毎月のように人が辞め、2年が経った頃には半分、そして10年経った頃には4人ほどになっていた。
そしてなんと、クビではないが退職の道を選んだなかに、自分がいた。Ooops!
こちらは一社目とは違って、2ヶ月に1回ぐらいは、「あの人辞めたよ」という話が聞こえてきた。最初の方は都度悲しんでいたけれど、最後の方は「皆それぞれの道があるからな」ぐらいに達観していた。
制度上、クビは存在せず、ほぼ全てが自主退職なので、別の道を自ら選んだというのは本当のことだ。
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篠原涼子は愛しさと切なさと心強さについて歌っていたが、本エントリでは企業の厳しさと優しさと誠実さについて少し考えてみたい。
上記2つのケースはいずれも僕の話だが、これを見て皆さんはどう思うだろう?
当時の僕、すなわち新卒で入った22歳の時、そして転職したての25歳のときは、僕は下位5%はクビの制度も2年で9割の致死率の話も、どちらも
企業の厳しさ
だと思っていた。
でも今の考えは、真逆である。そういった制度は、
企業の優しさ
であり、
企業の誠実さ
であると思っている。
なぜ当時と今とで考えが真逆になっているかというと、僕の「思考の射程距離」が当時とは大きく変わったからだ。
つまりどれだけの長さで物事を考えるかという、尺度の話だ。
例えば、甘いものを食べるとその瞬間は幸せを感じる。しかし甘いものは大体中長期的な幸せにはつながらず、少なくない確率で健康に害を及ぼす。今の幸せだけを考えるのか、中長期の幸せを考えるのかで、甘いものに対する行動は変わってくる。
明日死ぬならきのこの山もたけのこの里もパックンチョもビックリマンも食べまくるが、しかし人生100年時代と考えれば、糖尿病のリスクが頭をよぎる。そんなものより健康の方がずっと大事だ。
というのと同様に、クビや退職というのは、その場だけを考えれば、勿論厳しいしツラい。
が、それはたまたま「その会社に合わなかった」、「その会社では能力が発揮できなかった」という事実に関する証左なだけであり、長い人生を考えれば、自分が輝ける会社に行った方がはるかに幸せに近い。
その人の幸せを考えるのであれば、合わない、そぐわない環境にいつまでもホールドするのは、ただの搾取、簒奪である。
外資系企業や生保会社はそれをしない。個人が、早いうちに自分に合った道を探すチャンスをくれるから、結局のところ目指す人生に近づきやすくなる。
強豪高校野球チームが、初心者を入れないのと一緒である。ほぼ100%に近い確率でベンチ入りすらできず、3年間球拾いが確定しているのであれば、そもそも入部の時点で断るのが優しさであり、誠実さである。
何を以て厳しさとするのか、何を以て優しさ、誠実さとするのかについて、この10年で大きく考えが変わったのは自分でも驚くばかりだが、でも、そういうことだ。
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一方で、当時は優しいと思っていた企業の制度のうち、特に終身雇用については今は地獄の入り口だとすら思っている。
何せ、この時代だ。
終身雇用を履行する余裕が企業にあるはずがない。1人あたり大体38年間で少なく見積もって3億から4億のコストがかかるとすると、それを入社の時点でコミットするというのが終身雇用。そんなことを約束できる会社は、今の時代どこにもない。
一方、従業員の側としてはそういった果たせない可能性のある約束を一旦信じてしまうと、努力をしなくなる。努力というのは、日頃からするのが大事だ。溺れかけてから泳ぎの練習をしても、もう遅い。
どんどんどんどん技能は専門化していき、その企業でしか使えないものが積み重なっていく。
にも関わらず、やれワークライフバランスだ、わたしらしさだという耳障りの良い、しかし本当は極めて危険な流行りの言葉にほだされて、仕事は仕事と割り切って言われたことだけやっていたら、そりゃガチで働く海外勢や途上国勢に勝てるわけがない。
数十年後、使えない中年がわんさか誕生するのがオチである。そして、僕らが中年になる頃には終身雇用のしゅの字もなくなっている。
こういう人材は、雇用の流動性が担保されたとしても、肝心の必要とされる能力を磨いてないから、市場からあぶれる可能性が高い。
なぜそうなるか?企業が一見優しさに見える約束をチラつかせたからだ。これでは、適齢期を過ぎるまでダラダラと10年以上付き合ってプロポーズもせず、30を大幅に過ぎてからポイ捨てして他の若い女性と結婚するDQN彼氏と一緒ではないか。
企業が時折見せる厳しさは、実は優しさと誠実さの表れだと思った方が、その逆のブルシットな約束に浸るよりははるかに良い、という話。
努力をせざるを得ない環境というのは、実はありがたいものなのだ。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が生涯に一片の悔いなし!!!

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