ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

リスクに関する正しい考え方 #1205

time 2017/11/18


 

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今日は「リスク」の正しい考え方について話をしたい。

本エントリでは、「リスク」を本来の意味である「振れ幅」ではなく、日本人が使いがちな「危険度」という意味で使うのでよろちくび。

僕は遡ること2013年の9月に走り始めて、11月に初マラソンを完走した。

走り始めた当時、87kgのカラダでは5km走るのが限界だった。

よって、当時の僕にとって、10km走ることは「リスク」だった。

事実、初めて10km走ったときは、確かあまりの苦しさに泣いたと記憶している。隣で走っていたひげ面の坊主な友人、通称「仙人」が心配してくれたのを覚えている。しくしく泣きながら、確か彼の水を全部飲み干したんだった。

その後の焼肉屋には、徒歩で行ける距離をタクシーで向かった。

 

そんな満身創痍だったくせに、走り始めて2ヶ月後にはフルマラソンを完走していた。そのさらに2ヶ月後には4時間切りをしていた。そのさらに4ヶ月後には100kmマラソンすら完走していた。

そんな僕にとって、いつしか10km走ることは「リスク」ではなくなっていた。

そして今は、スイム3.8km、バイク180.2km、ラン42.2kmを走るアイアンマンですら、「リスク」とは感じなくなっている。

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どの家でも、子どもが生まれてしばらくすると、家の模様替えを迫られる。

といっても家具の配置云々というよりは、安全対策が主になる。

つかまり立ちやよちよち歩きなど、少し歩けるようになった子どもは、家のなかに点在する「リスク」に晒される。

机の角は尖っていて危ないし、ベッドから転がり落ちた先がフローリングだとギャン泣きするし、台所には包丁を扱っているときに入ってくるし、「リスク」だらけである。

よって、机の角には頭をぶつけても大丈夫なゴムみたいな材質のはめ込みを設置し、ベッドの下には大量の布団でふかふか状態を担保、台所には大人から見ると邪魔極まりない柵を設置することで、「リスク」を回避する。

これらはすべて、今2歳に達している2号機対策で設置されたものなのだけれど、8歳になる1号機にとっては、どれ一つとして必要とは言えないものになっている。

すなわち、2歳児にとっては全てが「リスク」であり、8歳児にとっては全てがそうではない、ということになる。

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以上2つの事例から分かるように、

「リスク」とは、絶対的なものではなく、当事者のレベル如何で変わるものである

と言える。

5km走るのにもぜぇぜぇいっていた「動けないデブ」時代の僕にとっては、10km走るのはリスクでしかなかったが、「動けるデブ」となった今は別にどうとも感じない。

2歳児がいちいち引っかかってビービー泣くような障害の数々は、8歳児にとっては大した問題ではない。

同様に、頭が痛くて熱が出て吐き気がムンムンで「もう死ぬかも!」と思って病院に行っても、医者からは冷たく「風邪ですね。寝ててください。」の一言で終わらされることがある。医者から見たら、風邪は「リスク」でも何でもない、よくある話なのだ。

素人が見たらガチでビビるような火事でも、歴戦の消防隊員から見れば、「これは3分で消せるな」とかが分かるものであって、「リスク」だなんだというよりはどう消すかだけの問題となる。

普通の人は殴られると1−2発でもう勘弁してくれとなる。肉体にとって、殴られるということはかなりの「リスク」だ。ところが極真空手なんぞをやってると、数十発殴られたところで、別に普通である。だって、組み手10ラウンドぐらいするから、食らうの数百発になるし。

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このように、「リスク」というのは、それを負う当事者のレベル如何によって変わる。

てことはですよ常務!

同時にこういうことも言える。

チカラ(=ドラゴンボールでは「リキ」と呼ぶ。御参考までに。)を高めれば、リスクはリスクでなくなる

てことだ。

本を沢山読めば、無知であるよりもより沢山の事象に関する対応策を知ることができ、感情を乱す「リスク」や、方法を間違う「リスク」、かつての独裁者たちがごとく、恐ろしい勢いで転落し身を滅ぼす「リスク」を減らすことが出来る。「無知はコスト」である。

スポーツを定期的にするようにしていれば、お父さん競走でコケる「リスク」を減らすことが出来るし、将来骨粗鬆症になって寝たきりになる「リスク」も減らすことができる。80代でアイアンマンに出る鉄人じーちゃんなんて、本当にスゴい。

仕事をガンガンやってガンガン成果を出しておけば、AIだブロックチェーンだシェアリングエコノミーだとこれから今までにない方向に世界が舵を切ったとしても、何とか生きていくことはできるし、路頭に迷う「リスク」から逃れることが出来る。沢山経験を積んだ仕事が出来る人というのは、どこの世界でも重宝される。

最強のソリューションである筋トレをしっかりやっておけば、無力でもやしで色白でネガティブな男に比べて、世紀末の修羅の国を生き抜く際の「リスク」は極小化される。ボーガンを持ったモヒカンがセンスの悪いバイクで「サウザー様ぁ〜!」とか叫びながらで攻めてきても、北斗神拳で倒せばいいだけの話だ。

 

あれもリスク、これもリスク、それもリスク。

周りがリスクだらけに見えるとしたら、それは単なるあんたのチカラ不足。ワタシのチカラ不足。

そう考えれば、次なる一手は自然と分かるはず。

修行あるのみ。

ソフトバンクの孫さんが数兆円の勝負をし、サイバーエージェントの藤田さんが200億円をAbemaTVにつぎ込んで平気なのは、彼らがそれを「リスク」=危ないからやらない、と思わない力量を持っているからだ。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。