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「北斗剛掌派」:世紀末の日本を救わんとする立拳民主を標榜する一派。少子高齢化と人口減少のなかでも、日本人の生産性を1.5倍にすれば帳尻はギリで合うと固く信じている。モヒカン、ボーガン系ヒャハり気味DQN男子はお断り。明日への希望と種もみが好き。尊敬する人はウイグル獄長とミストバーン。
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最近似たようなことを何回か書いてる気がするけれど、まさに今日のお題こそ気をつけないといかんなと都度都度思わされることが多いので備忘録に。
何か事件が起きたとき、人はそれが自分にとって「あり得ない」出来事なときほど、その事件を起こした人間のことを「クズ扱い」する傾向にある。
「クズ」とそのまま言う場合もあれば、「あり得ない」、「おかしい」、「鬼畜」、「イかれてる」などという言い方をしたり、もう少しオブラートに包んだりとは色々あるだろうが、めんどくさいのでそういうことをやらかす輩のことを「クズ扱いしている」ものと見なすのでご承知置きあれ。
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たとえば先日、北海道で78歳の男性がタクシーの運転手さんに暴行を働いて逮捕された。
タクシーに乗るや意味不明の方角に向かわせ、途中からお金がないと騒ぎ出す。
朝の忙しいなかニュースで流れてくるのを見て、正直に言えば「ああ、こいつはクズだな」と僕は思ってしまった。
車内のドライブレコーダーを見てもひどい。情状酌量の余地なんて微塵もない。
「あ?金なんてねーよ。俺を誰だと思ってんだ!?」なんて、漫画でしか見たことないが実際にこのジジィは言っていた。僕の感覚からすると、申し訳ないけど、社会に不要な人間である。
年金払うのももったいないし、裁判費用がもったいない。
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朝しか見ないテレビでも、年に数回は残念な虐待死のニュースが流れてくる。
被害者は大抵小さな子供で、犯人は大抵DQNな母親とDQNな義父、という組み合わせ。
自分に小さい子がいるからか、こういったニュースを見たときの怒りはことさら大きく、マジでクズだなと毎度思う。
少子化の世の中ではあるけれど、子供を持つ資格のない人間というのも残念ながら世の中にはたくさんいると思わざるを得ない。
僕の感覚からすると、子供に厳しくすることはあれど、虐待するなんてあり得ず、夫婦まとめて無期懲役なんて甘ったるいことはせずに・・・とか考えてしまう。
秋葉原の通り魔事件にしても、外国の銃の乱射事件にしても、どこぞの薬物問題にしても、普段の僕から見ると、「クズの行い」であって、人としてはほぼ間違ったことはしていない僕としては「あり得ない」事件のオンパレードになっている。
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あれ?と思ったのは、ふとしたアンケートの結果を見たときだった。
僕にとって、子供の虐待はあり得ない。
あんなに可愛くて天使で、時に悪魔な珍獣たちだけど、この子たちを痛めつけるなんて、気が狂ってるとしか思えない。
いわんや、お腹を痛めたママさん方は、DQNな人間を除けば全員僕と同じ意見だと思っていた。目に入れても痛くないだろうし、命をかけても守るのだろうと。
 
がしかし、とあるアンケートでは、こんな質問がされていた。
 
1、「子供を虐待したことはありますか?」
当然のことながら「いいえ」が並ぶ。
 
2、「子供を虐待しようと思ったことはありますか?」
これも当然のことながら「いいえ」が並ぶ。
 
最後にもう1つ。
3、「子供を虐待する人の気持ちは少しはわかりますか?」
 
なんと、ほとんどのママさんが、「わかる」を挙げていた。
虐待するかしないかと言えばしない。絶対にしない。
しかし、虐待に至ってしまう「クズ」と僕が呼ぶ人間たちの気持ちは、わかってしまうんだと。
生まれた喜びもつかの間、24時間365日母親業は休みがなく、当初数ヶ月は赤ちゃんの笑顔もないので報われず、旦那は使い物にならず、日本語を話さない日々が続き、睡眠もお風呂も食事も満足に取れないと、
ふとしたタイミングであれだけ可愛いと思っていた子供に対し、瞬間的な殺意が湧くそうだ。そしてこれは、決して少なくない数のママさんが、経験する葛藤だという。
もちろん、ほとんどの人は、そこから感情を爆発させて手を挙げるなんてことはしない。一部の、自分を抑える術を持たない人間だけが、その一線を超えてしまう。
しかし、その候補生に自分が入ってしまうという経験を、多くのママさんたちしている。
このとき初めて僕は、自分が「クズ」と呼ぶ人間たちと、実はそう遠くない距離にいるのかもしれないと思うようになった。
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話を戻して、件の78歳の男性の話。
表面的にはクズなジジィの所業にしか見えない。
しかし、もしこの男性が、
元地元の名士で、
かつては市議会議員も務め、
誰からもノーを突きつけられないまま定年を迎え、
配偶者が介護状態になって15年以上を介護に費やした結果亡くなり、
当初潤沢にあった年金や退職金も底を尽き、
人脈だと思っていたものは退官と同時に全てなくなり、
資金が底をついて一発逆転を狙って消費者金融から金を借り、
万馬券を求めて一本足打法でつぎ込んで有り金を全てスって、
ギリギリ当たった5000円で最後の酒盛りをやった直後に
タクシーに乗ったのだとしたら、あの行動はそんなに不思議なものではないと思う。
そして、もし同じ境遇に自分が老後になったとして、今の僕が「クズ」と罵る行為をしないと言い切れるだろうか。
自分が今の自分でいられるのは、単に環境に恵まれているだけだと、常々思う。
僕は万引きもしないし、カツアゲもしないし、会社で不正を働くこともない。
だけどそれは、僕が高潔な人間だからだ・・・なんてことを前は思っていたけれど、どうやらそうじゃなく、単に暮らしている環境が恵まれているものだからだ、と最近は思うようにしている。
あのアナキン・スカイウォーカーですら、あれほど忌み嫌っていたダークサイドに堕ちていった。
それは、彼がダークサイドに堕ちるやつを「クズ」と断定していたからであり、自分がそうなるはずはないという慢心があったからだと、僕は考えている。
僕たち普通の人と、「クズ」の距離は、決して遠くはない。
だから気をつけようねって話。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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