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「北斗剛掌派」:世紀末の日本を救わんとする立拳民主を標榜する一派。少子高齢化と人口減少のなかでも、日本人の生産性を1.5倍にすれば帳尻はギリで合うと固く信じている。モヒカン、ボーガン系ヒャハり気味DQN男子はお断り。明日への希望と種もみが好き。尊敬する人はウイグル獄長とミストバーン。
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分かる人にしか分からなそうな、でも分かる人にはめっちゃ分かりそうな、でも結論ない話。
妄想癖のある男の子ならみんな大好き、「マトリックス」。観たことない人は先にこちらをチェケラッチョ。

1999年に公開されたこの映画のおかげで、しばらくの間、僕は銃弾が飛んでくるたびに「マトリックスよけ」をしていたし、「ダ・メイトウルィックス」とこの映画の名前を正確な発音ですることにドヤ顔でこだわるようになった。
当時は主人公ネオ(キアヌ・リーブス)のグラサンかっこいいなーとか、モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)の英語かっこいいなーとか思っていたり、アクションシーンに憧れていたりしたのだけれど、大人になって改めて観ると当時はあまり気にしなかったシーンが頭から離れない。
俗に、「赤いカプセルと青いカプセルの話」と呼ばれるココ。


仮想世界から現実世界ジャンプするための案内人、モーフィアスが、主人公ネオに決断を迫る場面。
だいたいこんなことを言っている。
「お前(ネオ)が生きていると思っている世界は、実は機械が創り出した仮想現実である。
着ている服、している仕事、出勤しているオフィス、歩いているOL、食べている料理、全部頭の中の作り物である。実際のお前は機械に支配されている。気づいてないだろうが。
・・・と言っても分からないだろうから、俺様(モーフィアス)がお前を本当の世界、現実の世界に連れてってやる。残酷な世界だがな。ふっふっふ。
この話を信じられないなら、青いカプセルを飲めば、今まで通りの日常に戻れる。それを希望するならどうぞそうしてくれ。もう変なことは言わない。変なおっさんに絡まれたと思って忘れてくれ。ただし、チャンスは二度とない。
赤いカプセルを飲めば、お望みの現実世界だ。俺様の話が本当かどうか、間も無くわかるだろう。
ただし、二度と戻れないがいいか。
さあ選べ。」
そうしてネオは赤いカプセルを飲み、自分が本当は機械につながれて培養されながら生き延びてきた存在であること、世界は機械に支配されていること、自分はそのレジスタンスの希望の星なのだということを知る。
スターウォーズのルーク・スカイウォーカーと同じで勝手に方々から救世主扱いされて迷惑を被りメンヘラる期間を経て、だんだん強くなっていく様がかっこいい。
が、大人になると、その前の意思決定を下すこの場面が特に頭に残るようになった。
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なぜ、赤いカプセルと青いカプセルの話が脳裏に焼き付いて離れないのか。
それは、たぶん大人になる過程で、「赤いカプセルを飲む経験」を自分が何度かしてきたからだろうと思う。
 
一度目に「赤いカプセル」を飲んだのは、たぶん会社員から個人事業主になったとき、すなわち生命保険業界に転職した25歳のときだった。
歩合はあっても固定給の割合が高い、それまでのサラリーマンという形態から、フルコミッション制の個人事業主に移行したことで、見える景色が全く変わった。
あー、世の中って、こうなっていたのか。今まで自分が「世の中」だと思っていたものは、一体なんだったんだ。
そんなパラダイムシフトの起きた事件だった。
細かい話だけど、収入と所得は違うとか、経費の意味がリーマン時代とはまるで違うとか、個人事業主は「ジャングルの王者ターちゃん」で言えばチ◯コケースすらついてないフルチンみたいなもので、サラリーマンは悪くても鉄の盾や鎧で守られている存在なんだとか、そういう「仮想世界のサラリーマン時代」のときには知らなかったことを、わんさか知ることになった。
確定申告を毎年するようになったのも大きい。サラリーマンの世界では、確定申告は高収入の人間だけの特権みたいに思われているが、個人事業主の世界では全員がする。税金の仕組みが理解できたことはいち国民として良い勉強になった。
個人事業主になってから、たとえばセブンイレブンの従業員さんから品物を受け取ったときは「ありがとう」と言うが、「オーナー」と書いてある人から受け取ったときは、「あんたも大変だな」と心の中で呟くようになった。
 
二度目に「赤いカプセル」を飲んだのは、今は8歳になる1号機と、2歳になる2号機が生まれたとき。
自分の将来を考えることはしていたつもりだったが、まさか自分が死んだあとの世界がどうなるかまで憂い、100年先を見据える人間に自分がなろうとは、想いもよらなかった。
僕は娘たちに人間にしてもらったと思っていて、感謝してもしきれない。
「立場は人をつくる」の意味を教えてもらった。
 
三度目は、昨年。起業したとき。
ざっくり言うと、「お金をもらう立場」から、「お金を払う立場」になった。
たとえば、35歳を過ぎて月20万の給料しかもらえなかったら、大半の人はブーブー言うと思う。
が、年齢はどうあれ月20万ものお金を他人に払い続けるということがどれほど大変で重いことなのか、これは経営者にしか分からないことだ。月10万だってきつい。
ある程度身分が保証されたサラリーマン時代の僕は、すぐに昇給だの給料すくねーだの休みをよこせだの文句を言っていたが、そういう人間に対してあらゆる保証がないなかで月20万以上のお金を払い続けることを課せられている経営者は、本当に大変だと思った。
みなさんも、毎月20万を、自分の収入のなかから誰か他人に定年まで払うという行為を想像してみたらいかがだろうか。それだけの安心を提供しているのに、文句を一つでも言われたらぶっ飛ばしたくなりはしないだろうか。
たぶんみなさん、それを会社に対してやっている。しかもその数倍もらっているだろうに。
***
面白いなと思ったのは、それぞれのタイミングで「赤いカプセル」を飲んだあと、それまでの世界には一度もも戻れなかったことだ。
サラリーマンから個人事業主になると、たとえば会社にしがみつくサラリーマン思考について、現象として理解はできても、一切共感できないものとなった。
父親になると、独身時代になぜあれほど子供に興味が持てなかったのか、自分でも意味が分からなくなった。
経営者になってみると、リスクを「危険度であり、避けるべきもの」としか解釈できない人たちの思考が、人生を動かせない人間たちの戯言として、受け入れられないものとなった。
 
今思えば、カプセルを飲むシーンというのは、一種の毒を呷る行為だったのだと思う。
つまり、死。
それまでの自分は、死ぬ。
死ぬから、今までいた世界にはさよならを告げることになる。
そして、もう二度と戻ることはない。
不可逆的な決断を、今せねばならない重み。
しかし、決断は今しかできない。
 
そんな、「意思決定によって今までの自分に死亡宣告を下す」がごとくの場面に、あのシーンは見えるのである。
そしてまた近々、僕は「赤いカプセル」を飲み、不可逆の道を歩むことになると思う。
分かる人には分かってほしい話。
 
(今日の筋トレ)
腕立て100回
スクワット100回
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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