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「北斗剛掌派」:世紀末の日本を救わんとする立拳民主を標榜する一派。少子高齢化と人口減少のなかでも、日本人の生産性を1.5倍にすれば帳尻はギリで合うと固く信じている。モヒカン、ボーガン系ヒャハり気味DQN男子はお断り。明日への希望となる種もみが好き。尊敬する人はウイグル獄長とミストバーン。
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東京都が展開しているNPO活動の一貫で、高校に経営者が授業をしにいく、というプログラムがある。
題して、「社長のなり方講座」
初めて参加したのは、昨年。
当時は社長でもなんでもなかったにも関わらず、師匠から、
「大丈夫!大丈夫!
 君は見た目が社長っぽいから!ふわっはっは!」
という理由で連れていかれて、社長への道を語った(騙った?)のがきっかけ。まぁその直後に会社を興したわけだし、結婚式の前にできちゃったみたいな話で、結論は数ヶ月遅れで一緒だから許してください。
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今回訪れたのは、都内のとある定時制高校。
全日制と違って、様々な「事情」を抱える生徒たちがたくさんいる。
家庭の事情で働かねば家計がやっていけない子、学力に難ありで全日制には進学できなかった子、片親の子、コミュニケーションがうまくとれないまま年を重ねてきてしまった子。
はっきり言って、難敵である。
 
今まで、僕たちは全日制の高校に派遣されていた。そう多くの「事情」はない子たちがメインである。
そしてそういう普通の高校に派遣されたとしても、特に初回訪れてた多くの社長たちは、高校生の冷ややかな視線の前に、矢尽き刀折れ、立ったまま昇天する。血反吐を吐いて膝を尽き、「我が生涯に悔いしかない!」と、ラオウの辞世の句のような言葉を残して、旅立っていくのだ。
最高記録は、2つのクラスで授業をやって、合計56人に寝られた(睡眠率85%)という記録を持つ社長。彼は直後、自信を失って線路に飛び込もうとした。
またもう1人次点だったのは、50分授業なのに話が30分で終わってしまい、残り20分間をフリーズしたコンピューターのごとくアバアバ言いながらすごした社長もいた。
大学生は就職が目の前にあるからはっきり言えばチョロいが、高校生はとても残酷である。
あいつら、つまんないと3秒で寝やがるのよ!!!
物事に対して、一番斜め横から見る時期でもあり、当時の僕がそうだったように、大人?意味わかんねーよ!的な視線が刺さることも多い。
 
そんなことが全日制の高校でも頻発するのに、今回は輪をかけた強敵が現れたのである。
僕は、引き締まってないお腹はそのままに、気を引き締めて校門をくぐった。
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生徒たちが現れると、やはりその見た目からしてそれなり以上にバリエーションに富んでいる。
金髪の子、暴走族みたいなマスクの子、外国人の子、目の光を探しにくい子、そしてもちろん普通に見える子。
僕自身が定時制出身ではないこともあり、言葉の端々や態度の端々に、もしかしたら良からぬ空気が出てしまうかもしれない。違う世界の子たちだと、こちらが思ってしまったら負けである。どうしてもそうなってしまいそうな弱い心を押し込めて、人間対人間としてぶつかろうと決めた。
お互い人間、お互い発展途上、お互いチャレンジ中、お互い人生1回目なんだということを、授業中は何度も何度も繰り返した。生まれや育ちの些細な違いだけで人生が規定されるなんて、ありえない。いつでも何にでもなれる、ということを、熱を持って伝えたつもりだ。
もちろんそれが社長という職業であってもいいし、パン屋さんでも消防士さんでもいい。ただ、そういった選択肢をどういう大人になったら選べるのかだけは、伝えた。
我ながら、出し尽くしたつもりだ。
***
先生が、感想文を書かせる。
あとから聞いたら、通常はこういった授業をしても、5秒ほどで席を立って帰ってしまう子が多いそうだ。
しかしその日は、5分ほどの間、誰も席を立つことなく、黙々と感想文を書いてくれた。
ある意味で、感想文こそが僕たちの通知表である。
渾身の力を込めて話した内容は、伝わってるのか、伝わってないのか。伝わったとして、心に響いているのか。
そんなことを、突きつけられる瞬間だ。
 
紙が回ってきた。
どの子の感想文も、必死に読む。
残念ながら、決して綺麗ではない字で、たった1行で終わってしまっている子もいる。それでも、そこには感謝の言葉が述べられていた。
そして、少なくない子が、何行にも渡って、感想を書いてくれている。自分が高校生のときは、こんなの名前も書かずに出していたぐらいだったから、なんだか心が現れる感じがした。
そして最後の1枚。
衝撃を受けた。
つらつらと思いの丈が語られたあとの、最後の一言。
 
「これが授業だと思いました」 
 

(先生許可済み)
そうか、そういうことだったのか。
なんだか、色々わかった気がした。
終わったあとに社長たちと解散して天丼の聖地「てんや」に1人で入り、何度も何度もその言葉を反芻しているうちに、僕は泣いた
たぶん、「てんや」で泣いたのは、僕が最初の人類だと思う。
閉店間際のべちょべちょの天丼は、大して美味しくはなかったが。
***
わかったことは下記。
子供は、親が育てるものなのではない。
正確には、親だけが育てるものなのではない。
子供は、親に加えて、周りにいる大人と社会が育てるものである。
だから、彼彼女らが、もし楽しくない、目標がない、楽しみはゲームだけ、なんてことになってるとしたら、それは僕たち大人と社会の責任である。
僕らが十分に魅力的であれば、子供たちだって頑張って追いつこうとしてくれるはず。
彼彼女らが、「カッコいい大人」、「チャレンジしている大人」、「人生を楽しんでいる大人」だと認識してくれてるのかどうか。僕たちは、彼彼女らが目指すに足る大人なのか!?
今一度、自己省察しなければならないと心の底から思った。下の世代から失望される大人になってはいけない。
「これが授業だと思います」という言葉のおかげで、結局は自分たちが励まされているのだということがよくわかった。生徒たち、ありがとう。
次回以降も、「これが授業だと思いました」を、絶対に言わせてみせる!
高校の授業王に、俺はなる!
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が生涯に一片の悔いなし!!!

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※今日の筋トレ スクワット100回、腕立て100回

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