ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

「あたし、おかあさんだから」を炎上させている人たちは、自由こそ幸せという若干狭い価値観に支配されているのかもしれない。 #1286

time 2018/02/07


 

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「あたし、おかあさんだから」

なる、「おかあさんといっしょ」のだいすけお兄さんが歌う曲の歌詞がネット界隈で炎上しているらしい。

本論の前にみなさんにこちらを見ていただきたいのだけれど、どうだろう、これ?炎上するような話かね?

※だいすけお兄さんが歌う感動的な動画だったのですが、炎上したからか全て消されてます。無念。

恥ずかしながら、いや別に恥ずかしくないけれど、奥さんとおかんのことを思い浮かべてたら、普通に泣いてしまった。

頑張ってくれている奥さんは、ネイル好きなはずなのに1号機、2号機のときとも、ばっさり爪を切った。おかんは、確かに太った。まぁ、僕と弟のせいかどうかはよく知らないが。いずれも修羅のような顔をしょっちゅうみせるが、それは子供のためであって、怒りたくて怒っているわけではない。(と思いたい。)

そんなことを考えていたら、泣いてしまった。

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ところが、この歌は現実問題として、絶賛炎上中。

炎上理由として、

・ステレオタイプな自己犠牲型の母親像を押し付けており、プレッシャーに感じる人がいる。

・ヒールを履いてネイルをして立派に働いているシングルの女性をバカにしている。

・「あたし、おかあさんだから」のフレーズですべての我慢を挟み込んでいてしつこい。 

あたりが述べられているが、あたくしの感想としては、

よくそんなに被害妄想が飛び散るね、みんな、暇なんですね。

というもの。

経験上、何かにヒステリックに批判をカマす輩というのは、知的レベルが低く、精神年齢が低く、幼児性が高い。広範な知識がないから、自分の範疇外のことはすぐに全力で批判するし、精神年齢が低くて幼児性が高いから、「刺激と反応の間にスペースを入れる」という、精神コントロールの基本中の基本ができない。

7つの習慣を読め。

だからそういう輩はガン無視すれば良いのであって、今回の件はわざわざ作詞した方が歌詞の意味を釈明したらしいが、そんなことをする必要は全くないと思う次第。

以下、本件に関するわたくしめの意見をいくつか述べます。

***

1、大事MANブラザーズの「それが大事」の方がはるかにしつこい。

負けないこと

投げ出さないこと

逃げ出さないこと

信じ抜くこと

ダメになりそうなとき

それが一番大事

これを40回ぐらい繰り返すのが、「それが大事」という曲。「あたし、おかあさんだから」の比じゃないぐらいしつこい。

批判するならまずはこっちを批判しよう。負けてないし投げ出してないけど逃げ出してる人に過度なプレッシャーをかけている悪曲であるからして。

***

2、幼児番組の歌で、「すべてのおかあさん」を網羅することはできない。

さすがにメルカリでせどりをやってるおかあさんや、

六本木ヒルズで英語使ってグローバルマーケティングのディスカッションをしているおかあさん、

キッズラインで子供を預けてNPOで働いているおかあさん、

暇で暇で仕方なく他人の噂話をしてばかりの有閑おかあさん、アイススケート場で席取りが禁じられてるのに自分の子供の席だけは死守する有閑おかあさん

働かないダメ夫を飼育し続けるおかあさん、

付き合ったすべての男をダメにしてきたメンヘラメイカーなおかあさんなど、

世の中にいるいろんな種類のおかあさんを、幼児番組の短い歌のなかですべて表現するのは無理がある。

 

だからということである種の典型例であるおかあさんと取り上げて歌にしたのだろうけど、そのどこが悪いのか?

一つを取り上げてフォーカスしたら、それは他の全てを否定していることである。

そんな狭量なこと、誰も言ってない。言ってないのに勝手に怒ってる輩がいる。頭が悪いのだろうか。

****

3、この歌は、不自由という制約のなかに幸せを見つけることの大切さを教えてくれている。 

おかあさんに子供ができたことにより、それまで完全なる自由な生活をしていたのが一転、あらゆる面で不自由な条件下に置かれるようになった、という記述が延々と続くのが歌詞の中身。

そして最後に、「色々めっちゃ不自由になったけど、それでもあなたのおかあさんになれたこの人生に、幸せを感じてるよ」という感じで締めくくっている。

 

そもそもの話だけれど、子供を持つというのは、基本的に

めっちゃくちゃに不自由という名の制約を受ける行為 

である。

時間はなくなるし、稼ぎは減るし、金はかかるし、それまでやってたことができなくなるし、効率悪いし、非合理的だし。

例えばお金に関して言うと、DINKSでお金を稼ぎ続けた場合と比べると、資産にして軽く1億から2億は違いが出てくる。このご時世には結構な差だ。

それぐらい、女性側のキャリアの中断の影響はでかいし、子供がいることによって発生する出費は大きい。

 

がしかし、子供がいる親の大半は同意してくれると思うが、子供がいるおかげで

めっちゃ幸せ

である。それこそ、子供がいなかったときには想像もできないぐらい、幸せである。

僕は、自分がもしや血も涙もない人間なのかと訝しんでいた時期があったのだけれど、今は子供のことを考えていると、血はともかくとして、涙の方はドバドバ出てくる。よかった、自分はちゃんとした人間であった。

 

つまり、不自由さという制約と、幸せの間には、実は因果も相関もないのである。

自由だから幸せ、不自由だから不幸。そう思っている人がいるとしたら、そうじゃないよ、と優しく教えてくれるのがこの歌。

歌の構成上、散々不自由さについて書いてはきたけれど、それでも自分は幸せだと言えるこの女性の人生は、果たして羨ましいと表現して差し支えないものなのじゃなかろうか。

***

江戸時代の士農工商やインドのカーストといったヒエラルキーは、不自由さからくる不幸の源泉であり、人類の平等に反している。

そう考えている人がいるとしたら、実はそうでもないということぐらいは知っておいた方がいい。

身分が固定されているということは、不自由である反面、その決められたなかで欲をかかずに最大幸福を目指すことが可能になる。

一方、全国民が完全に自由かつ平等であれば、いつなんどきも生存を賭けたバトルロワイヤルを繰り広げなければならない。そんなことに耐えられる人間は、実はそう多くはない。

行き過ぎた不自由に是正の余地があるのはもっともだけれど、適度な不自由を残す適度な身分制は、それが学歴や資産で区分されるものであれ、別に悪しきものではないということだ。

不自由さのなかに幸せを見つける能力があれば、なんの問題もない。

***

フェラーリを8台所有しているけれど、忙しすぎて乗る暇が全くないため、駐車場に飾っているというお医者さんと、しばしの間仕事をご一緒してたことがある。

その方は、「一泊三日でモナコ行ってきましたよー」と言っていた。「なんでですか?」と聞いたら、忙し過ぎて一泊三日が限度だったとのこと。

「先生、お金あるんですから仕事休んでたっぷり行かれたらいいじゃないですか。」と当たり前のことを聞いたら、こう返ってきた。

「いやいや、くそ忙しいなかでビャって行ってビャって帰ってくるのが最高に楽しいんですよ。」

不自由さという名の制約は、もしかして幸せになるためにもっとも必要なスパイスなんじゃないかとすら思わされた出来事だった。

「あたし、おかあさんだから」はそんなことを学べる歌であります。

***

※今日のトレーニング スクワット100回、腕立て100回

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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