ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

敗軍の将、兵站を語る〜第3回みちのく津軽ジャーニーラン188kmリタイヤ伝⑤〜 #1312

time 2018/07/21


 

※野辺山ウルトラ2018完走記の途中ではありますが、予定を変更して「敗軍の将、兵を語るシリーズ」をお送りします。

***

DAN DAN 心轢かれてく CP3日本海拠点館(59.9km)〜

次のCP4亀ヶ岡遺跡(78km)までは、約20km。

この頃になると、レーススタートから10時間(16時)を超え、消耗が本格的に身をもたげてくる。「わさおのいえ」というのがあってそれなりの観光スポットになってるらしいけれど、なんの感慨も湧いてこない。

 

16時を過ぎて暑さは峠を越え、少しはラクになるかと思ったら一向にスピードが上がらない。「暑いから」という言い訳が消え、そのときその瞬間に持っている実力が、露わになる。これは、実はとてもツライ現象だった。

 

人は、いつも無意識の中で言い訳を探して生きているのだと思う。生まれた国や環境によっては、その言い訳をストレートに使っても問題ない種類の人が、世の中には確かにいる。

たとえば、僕がひとり旅をしている時にメキシコやインドのスラムで見た子供たちは、どんなに医者になりたい、海外に行ってみたいと目を輝かせながら言ったところで、おそらく生涯を親から継いだ仕事に費やし、生まれた場所から出ることなく命を終える。

それは、「貧困」という、絶対的に不利な条件を生まれながらにして背負うことになった者の宿命とも言える。飛び抜けた頭脳か破壊的なフィジカル、または奇跡的な幸運が組み合わさらないことには、そこから抜け出すことさえままならない。僕たちが想像するような「普通の生活」すら、そこから抜け出さないことには手に入らない。

そういう人たちが自分の人生が進まないことに対して言い訳をすることについて、彼らにその資格がないとは僕は思わない。

後進国の貧困に限らずとも、生まれ持った障がいがあったり、親がDQNだったりする場合には、普通の人と比べて客観的に見て人生のスタート地点は相当に遅れる。僕の知人は子供の頃ホームレス小学生をやっていて、30才まで友人ができず、31才になるまでスタバにすら入れないほど自己概念が低かったと言っていたが、それは多分に親のせいだろう。

そういう人が言い訳をするのも、また許されると思う。もちろん、彼は言い訳などせずに前へ前へと進んでいるからさらに立派なのだけれど、人生のどこで言い訳を使ったとして、責められまいといつも思う。

 

そう考えると、世界有数に安全で高収入な日本という国に生まれ、さらにそのなかの大都市というなんでも揃う街に生まれ育ち、そして今も五体満足でやってこれている自分という存在は、いかなる言い訳も許されない存在なんじゃないかと思う。

もっとも僕に限らず日本人のそれなり以上の数の人はこの条件に当てはまっていて、そうではない、つまり少なくとも様々な条件面で僕たちよりも恵まれない、十分ではない人たちがゴマンといるにも関わらず、そういった人たちの事情を鑑みずに言い訳をしたり、文句を言ったりと、そんな資格や余地は僕たちにはあまりにないのじゃないかと思う。

言い訳が許されないというよりは、言い訳になりうる要因が限りなく少ないと言った方が良いかもしれない。つまり、出ているもの、表現しているものがすべて「実力」であるということの裏返しなのだとも言える。僕を含むそれなりの数以上の日本人の人生を妨げる「しょうがない要因」はあまりなく、僕たちは自らの足で立って、出せるスピードで歩いている。

60kmを過ぎた時点の自分もまさにそんな感覚だった。もはや暑くはない。今10時間を経過している。そしてレースはあと128kmもある。そんな中で出ているこのスピード、このペースが、今の自分の実力である。

言い訳を排除されると、実力が露わになる。そしてその実力は、自分が思っていたものと相当程度に違っていた。簡単に言うと、

こんなはずじゃなかった

てやつだ。

 

こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。

ズルズルと落ちていくペース、積み重なる疲労、そして心労。

FIELD OF VIEWばりに脳内に歌が流れてくる。

DAN DAN 心轢かれてく。

心がすり減り続ける痛みに耐えながら、CP4亀ヶ岡遺跡(78km)に到着。時間は19時。開始から13時間経過。CP3までは一応順調だったペースが、ここに来て綻びを見せ始めていた。

***

闇のCP4亀ヶ岡遺跡(78km)〜CP5鰊御殿(105.9km)

CP4亀ヶ岡遺跡では、はにわ君が待ち構えていた。おぅ、PCエンジン以来だな。

あまりに疲れていたので、フジタマンに頼んで10分だけ寝かせてもらう。睡眠不足がここに来て響いていた。

 

次のエイドは28kmほど先の鰊御殿(105.9km)。188kmの道中唯一与えられてるビッグエイドだ。ここまで来れば、がっつり仮眠ができる。かなりちゃんとした飯も出るらしい。シャワーも浴びれるとな?

そう思って亀ヶ岡遺跡を出発したのが19時過ぎ。ここから、レースは闇の中で展開されることになる。そして、仮眠したのに全然回復してない僕がいる。

 

お気づきの通り、この頃にはフジタマンとの会話も激減していた。

50km地点ぐらいまでは、それこそ仕事の話から性癖の話まで、上の話から下の話まで朝まで生テレビばりに話し続けていたけれど、この頃には少しでも疲弊した体力を温存したい一心で、お互いがペースを守ることのみに終始していた。

19時をすぎると急速に暗くなるコースを相手に、また新たな負荷を感じる僕。14時間を走る野辺山ウルトラでも、暗闇の中を走ることはまずない。あー暗くなってきたなぁ、と思う頃にはゴールしている。しかし今回は、この暗闇のなかを、計算上は8時間ほども走らねばならない。

このナイトランは僕にとっては初めてで、正直、想像していた以上の負荷があった。

 

まず、景色というものがない。道路、街灯、民家、たまにある自動販売機。以上。進んでいるのか進んでいないのか分からない中で進まねばならない、そしてそれが軽く数時間は続く。

ああ、ブラック企業を作りたければ、こういう労働環境を作ればいいんだなぁと思わされるぐらい、ブラックな中でブラックな走り方をしていく。ボーリングの球を一生懸命投げて、そしてピンが倒れたのかどうかが全く結果が分からない。そんなゲームをずーっとやってる感覚。

虫。虫もうざい。

あるとき自販機で補給をしようと思ったら、想像を絶する数の虫が自販機にたかっていた。なんとか避けて水のボタンを押そうと思ったら、そこにちょうどどこからか這い上がってきたカエルがジャンプしてきたせいで、危なく指でカエルのボタンを押しそうになった。

はぅあ!

と思わず声をあげてしまった。

 

そういうサプライズがむしろありがたいぐらい刺激がない錦御殿までの道中。心はどんどん起伏を失い、反面眠気は大きく伸長してきて、起きているのか寝ているのか分からない状態で進んでいく。

フジタマンがヘッドライトで照らしてくれるほのかな灯だけが道しるべとなり、全く進捗の分からないレースを、それでも一歩一歩進めていく。

眠い。

眠すぎる。

ふと思う。

「なんかラクな方法ないかなぁ?」

 

人は窮地に陥ると、自分を変えるのではなく、現実の方を自分に都合の良い形でねじまげようとまずは試みる。

株で大損こいたら、「とはいえまた上がるはず。」と根拠のない思い込みを走らせる。そうやって20年も株を塩漬けにしていた人たちがどれだけいたことか。

会社で売れない営業マンたちを見ていても、やれ「お客さんがこんな事情を抱えてまして」とか、「市況が」とか言っている。確かにその通りなのだけれど、努力の量も方向性もズレているなと思わされることが、とても多い。

ちなみに僕は小中高時代に、2月14日に限っては靴箱を勢いよく開けていた。そして何も入ってないことを確認すると、こう思ったものだ。

「ああ、女子たちは日にちを間違えてるんだな。

180人もの女子がなぜか一斉に、日にちを間違えたんだな。」

と。

 

そんな感じで、188kmという途方も無い距離が、自分の努力を伴わずになんとかかんとかラクに走れるようにならないかなと、非現実的な方向に思考が飛び始めた。

あとちょっと走ったら、もしかしてゴールにたどり着けたりしないかな。

うまく走れば、もしかしてスピードが3倍ぐらいにならないかな。

仙豆みたいのがあって、もしかして体力が一気に回復したりしないかな。

どうにか足を動かさないで、もしかして効率よく進む方法がないかな。

どれ一つとしてもしかしない非生産的な思考に自分が傾いていることは自覚していたが、しかしあまりにツライのでやめられない。

はっきり分かったのは、

実力がないと、他責になる

ということであった。

 

念のため、フジタマンにも聞いてみる。

「ねぇ、なんかラクな方法ないかなぁ?」

 

野辺山ウルトラ6回の完走を誇るフジタマンはさすがで、

「ないよ。ただ走るのみ。足を前に出すだけだよ。」

の一言でばっさりと僕を斬鉄剣で斬ってくれた。オーディンみたいだ。

その通り!としか言えないほどその通り。

その通りなんだよ、羅王。

どんな窮地にあったとて、現実を捻じ曲げるんじゃなくて、自分を変える。自分の思考を巡らせるんじゃなく、自分のカラダを動かす。やりたいことではなく、やるべきことをやる。

平時にはできていることも、戦時、緊急時にはできなくなる。そしてそれは、本当にはできていないことの証左でもある。乾や香川はどぎついプレッシャーがかかるW杯の場面で、シュートを決めた。僕は、ノーマークでノープレッシャー、ノー観客の状態でシュートを決めて喜んでいただけではなかったのか。

 

土壇場でのフジタマンの強さに触れ、一方平時にしか強みを発揮できない自分の弱さに苛立ちつつ、暗闇の中を少しずつ少しずつ、嫌になりながらも進んでいくと、ついにCP4の鰊御殿が見えてきた。

105.9km、スタートからなんと19時間。深夜1時。予定では15時間半で到着するつもりだったので、なんと3時間半もオーバー。フジタマンの計画からも、1.5時間ほどビハインドしている。

どこでそんなに時間を使ってしまったんだろう?

「これ」というものはない。少しずつ、少しずつ、秒単位、分単位のロスが重なり、数時間という遅れにつながってしまっている。転んだから、怪我をしているから、道を間違えたから、そういった「これ」を挙げられれば、どんなにかラクだっただろう?

しかし現実は、実力が足りない、ということをまざまざと見せつけられる結果となった。106kmで19時間。いくらなんでもかかりすぎである。そして、このタイムは決して手抜きをしたわけでもなく、厳然たる実力通りの結果として、僕たちの前に立ちはだかった。あと19時間で82km。

完走に黄信号が灯ったことは明白だった。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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