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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

3年ぶりに帰ってきたウルトラマン! 野辺山100kmウルトラマラソン2018完走記 その10 #1317

time 2018/08/10


 

野辺山100kmウルトラマラソン2018完走記です。制限時間6分前の13時間54分でのゴール。いつもながらのギリギリ完走記です。

 

野辺山ウルトラ完走記2018を最初からお読みになる場合はこちら。

 

初参加となった野辺山ウルトラ2014の完走記はこちら。

 

2回目の完走となった野辺山ウルトラ2015の完走記はこちら。

 

初リタイヤとなった野辺山ウルトラ2016の惨敗記はこちら。2017は惨敗過ぎて記事にすらなってません。

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(あらすじ)

中間地点である50kmエイドに、予定通り6時間20分弱で到着。残り50kmで7時間半ちょっと使える!しかし、順調に見えるその裏で、ヒタヒタと疲労の足音は迫ってくるのであった。

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50km。そばが食えない。ゼッキー現る。

50km地点についた!

人間というものは、寿命が80歳なら40歳、90歳なら45歳といった感じで、人生があと半分という中間地点を過ぎると、急に色々考え始める。

自分のこと、子供のこと、親のこと、仕事のこと、趣味のこと、こじはるやE-girlsのこと。

それまでの半分をちゃんと過ごしてたらもっと良い人生が送れただろうに、「あーやべー、俺の人生もう折り返しちゃったよ」と焦りを以って考えるようになるのは、大抵その中間地点を超えてからである。

ただ通常の場合、それまでの人生ほどの可能性の拡がりを、そこから先の人生は持たない。よほど意識して生きないと、それまで歩んできた惰性のままに、人生は進んでいく。

今までたくさんあった分かれ道はだんだんとその数を減らし、そして道自体も細く歩きにくくなっていく。そうして少しずつ落ちていく人生の砂時計を見ながら、人は自らの生をどこかで着地させにいく。

 

ウルトラマラソンも同様で、前半の50kmは別にどう走っても良い。飛ばして貯金を作っても良いし、抑えて後半に備えても良い。ある程度制限時間が長いので、どう走ろうがレースを完走までもっていくことは可能だ。

しかし50km地点にたどり着いてみると、様相は一変する。

まず、残りの距離が50kmであることと、完走リミットまでに残された時間が事実として確定する。スタート時点で残り100km、14時間残っているのと、ラスト50km、7時間40分残っているというのでは、選択肢の幅が明らかに違う。

また、この頃には満タンだったはずのエネルギーにも陰りがみえ、正直言えばこの時点でレースをやめたとしても、しっかり疲労が残るぐらいは疲れている。

あれだけ潤沢に思えた時間やエネルギーが、あれこれと制限条項を付けて迫ってくるのである。これは結構ツライ。残りが10kmしかない状況であれば、オールインで持てる全てをブッ込むことも可能ではあるけれど、まだ半分も残っている。出し過ぎてはいけない。しかし出し惜しみもいけない。

そんな絶妙なラインを模索しようと頭をフル回転させようとしていたら、あのパリピが現れた。

ゼッキーだ。

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プロバンク社のCPO(Chief Party Officer)を拝命しているゼッキーは、今世紀中には根治が不可能とされるかの難病に侵されている。

そう、ピーターパン症候群

大人になんてなれない。大人になんてなりたくない。今が楽しければそれでいいっしょ?

18歳の時分から36歳の今まで、一貫してパリピを貫いてきた漢である。合言葉は「チョベリバ」。

18歳の頃のゼッキー。

 

時を経て34歳頃のゼッキー。

 

少し刻んで35歳頃のゼッキー。

 

最近の36歳なゼッキー。

そんな終身パリピなゼッキーが、「ヤバイっすよー、ヤバイっすよー。」と出川みたいに言いながら合流してきた。

一緒に50km中間地点記念の写真を撮るも、あれ、元気がない。若干疲れているようだ。さすがのパリピも、自己最長走行距離の50kmを突破したとあっては、疲労が隠せないようだ。

 

・・・とまぁ、ただのパリピかのように書いてしまったので少しだけ本人の名誉のために補足すると、プロバンク社の今後を担っているのは、実はゼッキーであると僕は踏んでいる。

セールス部門を統括するフランクミウラがプロバンク社の「数字」を司る存在だとするならば、ゼッキーはプロバンク社の「空気」を司る存在である。

いると急激に湿度が下がってカラリと晴れ、場が活性化する。いないと何かが足りないような気にさせる。それがゼッキー。そうやっているだけで空気を変えられる漢というのは、企業において代えの利かない存在であり、また後天的な努力でどうにかなるものでもない。ある意味、それまでの生き方によって身につけてきた、稀有な能力だ。

24h365d体制でパリピを貫いてきたゼッキーには、空気を変えるなんて朝勃ち前らしい。若かりし頃は、初対面の女性の腰に開始3分で手を回していたというぐらいのスピードを持ち、仕事の帰り道では一人で帰るのが寂しいので常にナンパをしていたというメンタルの持ち主でもある。空気のコントロールなんて、チョロいぜベイビー。

リーダーは、見えないものを人に見せるのが仕事である。だからこそ、とにもかくにも明るくあるべし。自らの存在を以って、道を照らすべし。

これはリーダーとしての心得の一丁目一番地だが、ゼッキーはその法則を見事に体現している。そんなゼッキーはすでに幹部の椅子に座っており、パリピになりきれない後輩たちに対してジュリアナ式教育を施している。

なんの話だっけ。ああそう、ゼッキーが来たって話。このエイドはそばが名物なんだけど、僕はそばアレルギーで食べられない。もうかれこれ5年連続で、寂しい思いをしている。

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50km〜59km北相木村役場

さて、ここから71km滝見のまでは、完走を左右する勝負所。

一般的にはコース図の馬越峠がヤバく、勝負所だと言われているけど、そうじゃない。我々プロジーットのようなギリギリランナーにとって、このレースの本当の勝負どころは、ここから71km滝見の湯までの道のりだ。

滝見の湯にスタートから9時間半で到着できれば、残り29kmに4時間半使える。すると、以後の登り全てにキロ10分使え、完走の確率がぐっと上がる。そしてその71km滝見の湯に9時間半で着くために勝負をかけねばならないのが、59km地点の北相木村役場までの9kmの道のりだ。

 

コース図を見てもらうと分かる通り、20km付近の最高地点からこの50km地点まで、僕たちは30km近くに渡って、下りを「堪能」してきた。一部登りや激坂もあったけれど、基本的には下り基調。

それが、この50km地点で綺麗に終わりを迎える。そうしていくつかのことに気づかされるのである。

まず、自らがいかに疲れていたかを思い知らされる。ゆうて50kmも走ってきた後だ。しかも、前半には激坂を10kmほども登っている。下り基調が終わり、ほんのちょっとだけ登り始めるのがこの50km地点からなのだけど、自らの現在地を過酷なまでに思い知らされる。ほんのちょっとの傾斜がとてもきつい。

また、下りを散々走ってきたことから、足にダメージが相当溜まってしまっていることにも気づかされる。いかに自分が下駄を履かせてもらいながらここまで来たのか、そして下駄なしで自らの足で走って前に進むことが、どれだけ苦しいことなのか。その苦しさを抱えねば走れない程度の実力しかないと思い知らされるのが、何よりツライ。

 

仕事でも似たような場面は多々ある。マーケット全体が伸びている場合、会社全体が伸びている場合、担当している商品が伸びている場合、僕たちは、自分の実力以上のパフォーマンスを出すことができる。そしてともすると、そんな時流を掴んだのも自分の力さ、なんてナメた心境になったりもする。

ところが一転、市況が厳しくなったり、必ずしも伸びているとは言えない事業を担当したりするようになると、途端に実力がバレる。履いていた下駄を脱いだ瞬間、「ありのまま」の自分がそこに現れ、そしてその自分は本来思っていたほどの実力を持っていない。

実力だと思っていたものが過信であったと判明し、では実際の実力でどれほどのことができるのだろうとやってみると、想定している数分の一程度の成果しかでない。そんな経験はないだろうか?

***

てな感じで、30kmの下りを終えた後の平地やほんのちょびっとの傾斜のついた登りは、自らに世知辛い現実を突きつけるにあまりある存在だった。足が重い。カラダも重い。股関節が痛い。息が切れる。

ただ、今回の僕には仲間がいた。プロージットのメンバーである。貴族として生まれ、ようやく最近自分で靴下を履けるようになったプリンス海老澤、修行僧のように働き、部下にも修行僧であることを求めるフランクミウラ、武蔵野エリアでは無敵のパリピなゼッキー。

彼らが横に、時に前に、そして後ろにいてくれることが、僕の力になる。

 

59km地点の北相木村までは、わずかながらもはっきりとそれと分かる登り基調。ツライ、苦しい、重い。でも、プロージットのオレンジ色のTシャツが前後左右に見えるから、頑張れる。ありがとう、みんな。

この頃、何人かのメンバーのリタイヤ報告が入ってきた。「出たとこ勝負組」であるコンティ、マッチ、コバ、アンディは全員リタイヤになったらしい。練習不足だったから、失礼ながらさもありなん。

問題は、唯一71kmの部に出ていて、密かに完走するだろうと思っていたGも、トイレトラブルのため42km地点で時間切れのためリタイヤ。陵南の魚住が退場したときのファウル数よりも多くの回数、トイレトラブルを起こし、関門に引っかかったようだ。そりゃ仙道くんでも挽回は無理だわさ。

「TJは大丈夫かな。序盤で足捻って怪我してたしな。」

「あとは俺たちしか残ってないですね。」

「Gは残念だったなぁ。。。」

そんな会話をしていたら、大事なことを思い出した。

 

あれ、Jは・・・?

考えてみれば、スタートしてから8時間近くもの間、一度もJを見ていない。そして確認したけど誰もJを見ていない。リタイヤ報告にも上がっていない。

ミスターマイペースの名を持つJは、果たしてどこにいるのだろうか・・・?

群れざる、聞かざる、話さざるの三戒を貫く漢は、これ以上ないペースで進んでいたと思っていた僕たちよりもさらに先にいた。。。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。