ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

幸せな人生を送るための最高にして唯一の方法、それは甲子園球児たちが身を以て教えてくれた。 #1329

time 2018/08/22


 

先日8月21日の第100回甲子園決勝。

会社でパソコンをカタカタ叩きながらアイスを食べながら生で見たけど、凄かった。

スラムダンク的に言うと山王工業ばりに強すぎる大阪桐蔭、湘北ばりにジャイアントキリングを志す金足農業。一進一退、とは行かず、ほぼ蹂躙に近い内容になってしまったが、そこにいささかの退屈の要素もなかった。

結果としては大差がついて13対2で大阪桐蔭の優勝。試合終了後はどちらの選手も泣いていたし、実は僕もちょっと泣いた。

やっぱり現実は厳しいとか、吉田君の連投過多は大人のエゴだとか、試合日程キツすぎねーかがとか、大阪桐蔭の監督が悪役代官顔すぎねーかとか、色々言いたいことはあるわけだけれど、シンプルに良い試合を見たと思わせてくれた両校選手たちにお礼を言いたい。

***

「感謝」しかできない選手たち

試合後、あまり甲子園全部を観れていなかったこともあり、パソコンでカタカタと色々検索していたら、金足農業の吉田投手のコメントが流れてきた。

予選大会から数えれば11試合で1500球以上を投げてきた吉田選手は、ここまでの豪腕がなりを潜めて大阪桐蔭に捕まってしまい、最後は大量失点でマウンドを降りた。にも関わらず、彼の言葉には甲子園への感謝が添えられていた。

吉田投手を強烈なホームランで沈めた大阪桐蔭の主力、藤原選手のコメントもあった。彼の言葉には、同じチームの根尾選手への感謝があった。

藤原選手とともに大阪桐蔭を日本一たらしめたその根尾選手の言葉も、見つけることができた。彼の言葉には、野球を続けさせてくれた両親への感謝があった。

 

その他にも、甲子園球児たちのTwitterをカタカタ探してみると、誰も彼もが感謝を口にしていた。

 

一言言いたい。

おまえら、感謝しかできねーのか!!!

と。

 

そう、みなさんなんとなくご承知の通り、彼らは感謝しかできないのである。

たとえば、「あそこでああしていれば勝てたのに!」とか、「あそこよりもうちの方がいいバッターいるのに!」とか、「監督の采配が!」とか、未熟な高校生ならつい言ってしまってもおかしくなさそうなのに、そういうのが一切ない。

 

感謝。

感謝。

ひたすら感謝。

心が洗われるような気がして、こちらこそ感謝と言いたくなる。

 

もしや、そういうふうにマイクパフォーマンスを仕込まれているのだろうか?

台本でもあるのだろうか?

感謝って言っておいた方が応援されるから、そういうふうにみんな振舞っているのだろうか?

実は腹のなかは全然感謝していないのだろうか?

これもみなさんご承知の通り、絶対にそんなことはない。彼らは、そんな小細工のできる漢たちではない。彼らは、激闘の末に、心の底からの感謝を述べている。

***

心に「感謝」しか存在しない理由

では、なぜ彼ら甲子園球児たちは、「感謝」しかできないのだろうか。

それは、彼らが日々を全力で生きているからである。彼らは1日も欠かさず、毎日毎日全力で起きて、全力でごはんを食べ、全力でちょっと勉強し、全力で野球をやり、そして全力で寝る。

その全力度合いは、甲子園に出るチームともなれば、またその中でも上位に進出するチームともなれば、想像を絶するレベルなのだろう。

 

ちなみに彼らの校則(部則?)を紹介すると、

(大阪桐蔭)

▼携帯電話禁止

▼親との面会は2ヶ月に1回のみ

▼外出は月1回のコンビニのみ

 

(金足農業)※現在はないけど昔はほんとにあったらしい

▼りんごを盗むと停学

▼ナシを盗むと退学

▼豚をいじめてはいけない

ごめん、笑っちゃった。

何が言いたかったかというと、校則からして全力度合いが半端じゃない。

 

全力で生きていると、周りへの感謝以外の感情が湧いてこない。

これは、煩悩だらけの生活を送り、全力度合いでは彼ら甲子園球児の足元の爪の先にすら及ばない僕ですら、ちと思い当たる節がある。

たとえばウルトラマラソンやアイアンマンなど、肉体にこれ以上ない負荷をかけ、限界などとうの昔に超えたという段にまでなって、それでも走り続けていると、いつしか頭に浮かぶのは感謝だけになる。

途中の辛いときは「なんでこんなことやってんだ!」とか、「二度とやるかボケぇ!」などとイライラしていることもあるのだけれど、レース終盤にもなると、もはや感謝以外の感情はなくなって、下手すると泣きながらレースをすることになる。

先日のウルトラマラソンでは、ボランティアや運営の方々、家族や強敵(とも)といった人たちへの感謝はもちろんのこと、野辺山という地域、山の緑、川のせせらぎ、ふとした時に吹く風、綺麗に舗装されてくれている道路、道端に咲いているたんぽぽ、そういった些細なものへの感謝すらも湧いてきた。

まるで感謝の賢者タイムであるかのように、森羅万象に対しての感謝の念が湧いてくる。それは、普通に生きていては味わえない感覚だった。

 

年に数度しかないレースでの全力の日々しか経験しない僕と異なり、甲子園球児たちは毎日が全力中の全力。甲子園のトーナメントともなれば、もはや全力of全力of全力of全力なぐらい、全力なのだろう。

そういったなかで、彼らのなかに残った感情が「感謝」であることは、全く不思議なことではない。

***

ということで幸せになる方法を公開するよ

人間は、たぶんみんな幸せになりたいと思って生きている。不幸になりたい人なんて、ひとりもいない。なら、なにを以って幸せと定義すれば良いのだろうか?

健康なら幸せ、家族がいるなら幸せ、仕事が充実していれば幸せ、お金があれば幸せ。いろんな幸せの定義があると思う。

ただ最近になってひとつ思うのは、幸せになるのに「感謝」の存在は不可欠であるということ。

何に対しても感謝の気持ちを持てない人は、どれだけ健康だろうが、家族がいようが、仕事が充実してようが、お金があろうが、きっと人生全体を通じて、幸せだとは言えない。

逆に、幸せそうな人で、物事に感謝をしてない人というのも、見たことがない。感謝が全てではないかもしれないけれど、感謝があるかないかで、幸せかどうかはほぼ規定されるのではないかと思う今日この頃。

 

ということで方程式が整いましたので、皆さんに幸せになるための法則を伝授します。

まず、幸せになるためには、感謝の気持ちを持つことが必要。これがないと、いつまでも満たされない。

ここまではよろしいですね?アーユーフォローイングミー?

 

次に、感謝の気持ちを持つためには、日々全力で生きることが必要。

甲子園球児を見習って全力で生きていれば、いろんな葛藤はあれど、最後は感謝に包まれた人生になります。

アンダスタン?

 

結論。

幸せになりたければ、日々全力で生きよ。

ということであります。

おそらくは最初からわかっていた結論だけれども、一周回ってやはりそれが正しいことが証明された。

 

オーマイガッ。ノーベル賞級の発見をしてもうた。

そんなわけで皆さん、甲子園球児たちがせっかく教えてくれたのですから、全力で生きて、幸せになりましょう。小さい子も含め、子供に教わることというのは本当に多い。学びは、後生の畏るべしな方々からもたくさんあるのです。

ああそうそう、感謝の念がなく文句ばかり言ってたり、人の悪口ばかり言ってたり、FacebookやTwitterに誹謗中傷の書き込みばかりしている人たちは、幸せじゃない人たちであり、ほぼ間違いなく全力で生きてない人たちです。

だからそういう人たちを相手にする必要はありまてん。

甲子園球児の皆さん、最高の夏をありがとう!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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