カレー激戦区と言われる神田、神保町、秋葉原で六大将軍の一角と目される、カレーノトリコに行ってまいりました。確かに美味しかったことに加え、「HUNTER×HUNTER」的な学びがあったのでシェア。

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ひたすら上から目線のカレーノトリコと、「ハンター×ハンター」

会社近くに移転してきたという名店、カレーノトリコ。せっかくなので行ってみたら、早速上から目線の先制パンチを食らいますた。

1、待ち合わせ禁止。待ち合わせしたら一番後ろから並べ。
2、デートでウチに来るな。
3、店内では喋るな。
4、アルバイト募集チラシの募集要項が、「気難しい店主手伝い」らしい・・・。
 
ふむ、なかなかの圧力。ラーメン二郎のように、大将の目線を逃さないようにアンテナを張ってないといけないというような緊張感はないものの、同種の上から目線感を感じる。
実際カレーはとても美味しく、この独特の接客姿勢にも良い意味でのプライドを感じたため、どうせまた来てしまうんだろうなと思って帰路についた。あー、また太ってしまう。
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実はこのカレーノトリコの経営姿勢は、名著「HUNTER×HUNTER」を読むと、その意味するところがよく分かる。
ちょっと解説をしたい。
「HUNTER×HUNTER」においては、「念」という一種の超能力が登場する。ドラゴンボールで言うところの「気」みたいなもので、これを纏って戦うことで、生身をはるかに超える力を発揮することができる。
 
そして、この「念」の力をさらに倍増させるのが、
「制約と誓約」
という概念。
 
漫画内では、たとえば「相手を鎖に模した念で縛る」という「念」の力があったときに、その使う対象となる敵の種類を限定し(制約)、それを自らに誓う(誓約)ことで、鎖の力は何倍にもなる。
これもドラゴンボール的に言うと、「元気玉はフリーザにしか使わないって決めたら破壊力が何倍にもなっちゃった。ベジータには使わないよ。」みたいな話である。逆に言うと、誓約を破ったらとんでもないペナルティが課されるようになっている。

(HUNTER×HUNTERより拝借)

(↑男子諸君は大学入学と就職に最低限必要な一般教養なので読むように。)
 
この「制約と誓約」という概念は、たとえば現実世界では刑務所で最強の自重トレーニングを開発した「プリズナー・トレーニング」の著者も証明していて、制約条件下で何かを自らに誓った時に、人は潜在能力をフルに発揮できる生き物なのだと思われる。
監獄のなかであらゆる条件が整っていなかったからこそ、イノベーティブな自重筋トレを開発できたのだろうし、死が身近にある環境(弱いと他の囚人に蹂躙される)でなければ、その開発は促進されなかっただろうと思う。
僕自身の体験からも、「制約と誓約」のパワーを痛感した記憶は多い。
一般に、小さい子供がいる時短のママさんの方が、使えないおっさんたちよりも生産性が高いのも、「制約(◯時に子供を迎えに行かねばならない)と誓約(から何としても終わらせる!)」の成せる技だろう。


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カレーノトリコは「制約と誓約」を使いこなしていた!!!

翻って、今回のカレーノトリコ。
この不自然なまでの上から目線は、「HUNTER×HUNTER」的に解説すると、「制約と誓約」を経営に取り入れているから成せる技であったことが分かる。
「喋るな」、「イチャイチャするカップルは来るな」といった制約を顧客に課す一方で、「その分、全力で美味いカレー食わせてやるから黙って待ってろ」という誓約をしている。
接客態度としては必ずしもよろしくはないわけだから、不味いと思われたら顧客は二度とこない。そしてそもそも顧客の入り口自体も相当に狭い。そのリスクを最大限背負ってまで、美味いカレーを提供しようとしている。結果として、お昼時には毎日行列ができるほどの人気店となっている。
 
さらに、これは自分が顧客側の立場での感想なのだけれど、このカレーノトリコ一流の「制約と誓約」によって、不都合を被っているはずの僕が、なぜかカレーノトリコへのロイヤルティが高まったのを感じた。
また行きたい、またあの横暴なルールに触れたい、また縛られたい。そして緊張しながらカレーを食べたい。
なんなんだこれはと思いながら、ラーメン二郎で感じたあの息苦しさと同様のプレッシャーと、そしてそれをなぜか求める自分のM部分が増幅するのを感じた。
そういえば会社の関西人も、「あの店、しゃべんなとかいって、関西人ナメとるわー。関西人からべしゃり取ったら何が残るねん!」とか怒り散らしていたが、しかし一方でしっかりとカレーノトリコファンになっていたようだった。
同じ味だったとして、この上から目線のルールがなかったとしたら、ここまでのファンになっていたかどうかは疑わしい。
実際僕が少なからぬロイヤルティを感じる店は、少なからぬ不自由さを押し付けてくる店だったりすることが少なくない。
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経営者目線で「制約と誓約」を。

そしてこの「制約と誓約」の妙技は、改めて考えてみると、飲食店経営だけではなく、経営全般に活用することができることに気づく。
経営学的な言い方で言うと「選択と集中」となるかもしれないし、マーケティング用語で言うと「ペルソナを決める」となるのかもしれない。しかし僕は「制約と誓約」という表現が一番好きだ。
パーキンソンの法則に代表されるように、人はなんの制限も課されていない状況下では、ただひたすら金と時間を浪費してしまう。わざとじゃないにしても、そうなってしまう。
明日仕事がないからと、金曜の夜から土曜朝にかけて気絶するまでテラスハウスを見てしまうアホがこのブログを書いているのが、その証左である。
 
逆に、なんらかの制約条件をそれを望まずとも食らい、その中での目標達成が必達とされると、人は知恵を出し始める。
今まで考えられなかったアイデアが出て来るようになり、イノベーションが加速する。目標達成への粘りもまるで自分じゃないかのように強化され、なんだかんだと望んでいた場所に、場合によってはそれ以上の場所にたどり着くことができる。
 
そして顧客の側から見ても、自身に対して「制約と誓約」を課してくる企業の方が、より魅力的に見えることが今回わかった。そういえばアップル製品はやたら修理が面倒だし、アップルストアの店員はやたらポップでめんどくさい。しかし僕はアップルが大好きである。
他の人と平等に大切に扱われたい一方で、自分だけが特別扱いされていることの優越感。こんなところも、「制約と誓約」の副産物なのかもしれない。
思い出した。ラーメン二郎では、「ラーメン二郎に並んで完食しようとしている時点で既に他の一般市民とは一線を画す選ばれし人々である」という優越感を客に与えるのが抜群にうまかった。
量がやたら多く、店内は汚く、脂っこいため、そもそも入り口の時点で選民思想に侵されてしまっていたのだ。今思えば、そのロイヤルティは多大なる「制約と誓約」の恩恵だったと思う。
「経営者が筋トレもせず銀河英雄伝説も読まない会社のコンサルはしない」とかいう「制約と誓約」でも課そうかしら。
一瞬で潰れそう。
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