ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

なぜ我々は怒るのか?についてと、その対策① #1337

time 2018/08/30


 

インターネットの功罪のうちの「功」のひとつは、

人が何に怒る生き物なのか

というのがよくわかるようになった点だと思う。

 

テレビだと放送されている内容に対して人がどう感じているのかはよく分からないけれど、インターネットだとものすご〜くよくわかる。

「あーそれは怒るよね」、と共感するものもあるし、「えーそこ怒るの?」と驚かされるものもある。

最近だと、僕が「えーそこ怒るの?」と思ったのは、

 

▼「あたし、おかあさんだから」の炎上:普通に良い歌だと思ってたから。

▼山口メンバーの炎上:悪いことだとは思うけど、昔の芸能人の方が悪いと確信してるので、だったら全員引退しろよと思う。

▼日大監督の炎上:同上。昔のPL学園の監督とか、終身刑にした方が良いのでわ?

▼はあちゅうの炎上:なぜ彼女が毎回燃えるのか分からない。普通に頑張ってる人だと思うが。。。

▼電車が大幅遅延したときに駅員さんに詰め寄るおっさん:吠えても何も変わらないことが分からないその脳みその構造が意味不明。

らへん。

まぁ僕も全く怒らない人間というわけではないので人のことは言えないわけだけれど、それにしてもみんなよう怒っとるなぁという印象。

とはいえ、怒ることは必ずしも健康に良いとは言えないので、そもそもなぜそういう感情が生まれてくるのか?について、少し考えてみたい。

***

これは僕の中で結論が出ていて、人が怒る理由は、

勝手に期待するから

であります。シンプル・イズ・ベスト。

 

例えば、ある程度ちゃんとした人であれば、赤ちゃんがお茶やご飯をこぼしたところで、本気で怒る人はいない。赤ちゃんが何もできない存在であることを知っているから、つまり「期待していないから」だ。

ただこれが、ウチのように3才ぐらいになって、トイレもほぼ完璧にできるようになると、「期待すること」が増える。「黙っててもトイレぐらいやってくれるだろう」と思うようになる。そしてたまーにトイレに失敗して「うんちでちゃった・・・」とか言われると、ちょっとだけイラっとしてしまう。

 

親の介護も同様。

自分を育ててくれたはずの親、自分に色々教えてくれたはずの親が、ご飯をこぼしたりトイレに失敗したりすると、おそらくは多くの人が多少なりともイラつく。それは、本来「その程度」のことはできる存在であるはずと、「期待している」状態であり、かつそれが裏切られるからである。

介護される親の側からすれば、加齢によって基本的な機能が低下してきて、できたはずのことができなくなってきているわけだから、裏切るも何もない。・・・はずなのに、子供側が勝手に期待し、勝手に裏切られたと感じる、そして少なからぬ怒りをぶつけるのである。

***

てことで、相手が応えるか分からないにも関わらず「期待するから」というのが怒りの原因だと理解できると、周りで怒っている方々がどういう思考回路なのかということも、少なからぬ程度にわかるようになる。

たとえば、豪雨で電車が大幅遅延しているときに駅員さんに詰め寄っているおじさんは、

「豪雨でも電車は遅れないものであると勝手に期待している」

のであり、もっと面白いのは、

「自分が駅員さんに交渉することで電車が早く着くはずと勝手に期待している」

のである。なんておめでたい存在なんだろうか。

 

ちなみに僕は深夜にファミレスに子供を連れてきてタバコをスパスパすっている親を見ると無性に腹が立つのだけれど、これは僕が

「親は子供を9時までに寝かせるのが当たり前であり、子供がいる限りタバコなんぞ吸わないのが当たり前である」

という勝手な期待をいつの間にか全国の親にしているからである。だからそうではない人を見るとムカつく。僕には関係ない家庭であり、その家にはその家なりの事情があるはずなのにも関わらずだ。

***

ということで解決方法。ここまででわかることは、怒りの原因は「期待すること」なので、その原因をそのまま取り除けば良い。

すなわち、

「期待しない」

が正解。

人に期待しない、物事に期待しない、国に期待しない、JRに期待しない。

ただそれだけで、怒りの原因の多くは根本からなくなる。

 

妻や夫や子供に「家事をやってくれるはず」、「仕事をちゃんとやってくれるはず」、「言うことを聞いてくれるはず」と勝手に期待しない。期待しなければ、実際に家事をやってくれず、仕事をやってくれず、言うことを聞いてくれなくても怒りは湧いてこない。

「人に期待しない」というと、冷たく聞こえるかもしれない。僕も昔はそう思っていた。確かに、たまに「社員には期待していません」という経営者がいるけれど、意図を正確に汲めなければ、ただのサイコパスにしか聞こえない。

 

がしかし、ここに一つのエッセンスを加えると、バランスが取れてくる。

コツは、

「信じるけど期待しない」

である。

 

電車が定刻通り来るものと信じる。でも期待しない。だから来なくても怒らない。

部下のことを人として信じる。でも期待しない。だから希望通りの仕事が上がってこなくても、指導はすれど怒らない。

子供のことは信じる。でも期待しない。だから思ってたのと違う進路を選んだとしても、彼女の人生だから怒らない。

 

こんなふうに、

信じる+期待しない

を高い次元でマリアージュできると、心はとてもヘルシーになる。人生全体も楽しくなってくるんちゃいますかね。

つまり、「なぜ石原さとみがIT長者と付き合ったときに僕がイラついたのか?」の答えは、

「石原さとみのことを清純派と信じていて、かつIT長者なんぞにはなびかない聖女だと勝手に期待していたから」である。あと、ちょっとだけ「いつかは付き合えるかも」と期待していたからというのもある。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。