大坂なおみ選手のUSオープン優勝についてはほんとにめでたいところではありますが、セリーナ・ウィリアムズとUSオープン運営側に対しては、
なんだ、この茶番は?
と思ってしまった節がありますので解説。大坂なおみ選手はただただ素晴らしい。しかしセリーナ、お前は何か勘違いしてないか?という話。
ちなみにUSオープン運営側の問題はすでにいろんな人が攻撃しておりますので、今回は割愛。
ご参考。
It's shameful what US open did to Naomi Osaka
(邦訳)USオープン関係者ども、おまえら大坂なおみになんてことしてんねん!?
(当日起きたこと概要)
▼セリーナ・ウィリアムズは出産直後で調子が悪かった。そして大坂なおみは強かった。
▼セリーナ・ウィリアムズのコーチが途中でジェスチャーでコーチング。試合中のコーチングはルール違反。(これはコーチも後に認めている。)
▼厳重注意、大坂に1ポイント付与とペナルティが拡大していき、セリーナ激ギレ。
▼ついにはラケットをぶっ壊す。さらに激ギレ。
▼怒鳴りながら審判に詰め寄るセリーナ。ついには大坂に1ゲーム付与のペナルティとなる。そして大坂が念願のグランドスラム初制覇。
▼表彰式では、運営側が「セリーナにめっちゃ勝ってほしかったのに」臭をプンプンに香らせながらインタビュー。
▼大坂なおみ、チャンピオンなのに泣く。なぜかセリーナ・ウィリアムズは表彰台のど真ん中。
▼セリーナ・ウィリアムズが「もうブーイングはやめましょう!私たちは大人になるべきよ!」と王者らしいスピーチ。
***
「誰が正しいかより、何が正しいか」
多くの会社・組織で掲げられている標語のなかで、トップ5に入るぐらい肝に命じなければならないと思っているのがこちらの格言。
なるほど確かに、多くの会社・組織が「何が正しいかより、誰が正しいか」を優先してしまった結果、せっかく積み上げた信用信頼をかなぐり捨てて地に這うがごとく没落していっている。
今で言えばスルガ銀行は「何が正しいかより、誰が正しいか」を地で行ってしまった印象だし、昨今問題になっているスポーツ界の不祥事も、その多くは閉じた世界の中で誰か偉い人の正しさが世間の正しさと同じと勘違いしたところから、悲劇が生まれている。
 
多くの場合、ある人物はトップに上り詰めるまで、「何が正しいか」を貫いているのだと思う。だからこそ頂点を極めることができるのだし、合理的効率的、そして何より情熱的に成果を出し続けたことから、その努力にふさわしい地位を手に入れる。
しかし頂点まで上り詰めたあと、自分よりも何よりも、周囲があっという間に変わってしまう。「ロッキー3」で、ロッキーは、その典型的な事例だと言える。
ロッキーはチャンピオンになったあと、実はマネージャーの手によって意図的に勝ちやすい相手と組まされ続けていたことを知る。スターを作るため、そして実はそんなに強くない本人を傷つけないため、今で言うところの「忖度」が働いた結果としてそうなった。
それに気づかず豪奢な生活に溺れ、練習せずにメディアにばかり出演し、いつのまにか弱体化していたロッキーはその後、悲劇的な敗北をハングリーな挑戦者に喫してしまう。
チャンピオンになるまでは「何が正しいか」を貫いてハングリーに練習してきたロッキーが、チャンピオンになってからは「誰が正しいか」を価値基準としてしまい、自らを優れた存在だと過信し、過信させられてしまったことが、ロッキーの凋落を生んだ。(もちろんその後、ロッキーは盟友アポロと組んでリベンジ。だけど現実はそう甘くはない。)
 
ロッキーに限らず、登り詰めるまでは「何が正しいか」に専心していたはずなのに、頂点を極めた瞬間に「誰が正しいか」すなわち「自分が正しい」に移行してしまう人間は、決して少なくない。というかほとんどそう。
「すべての権力は腐敗する」と言われている所以も、そのあたりにあるのだろうと思う。
正しくないことを言っても、「あの人が言うなら」といつの間にか正当化され、薄々みんながおかしいと思っていても誰も止められない。それが、「何が正しいかより、誰が正しいか」の引き起こす悲劇だ。
***
翻ってUSオープン。
セリーナ・ウィリアムズがグランドスラム通算23勝(大坂は今回で1勝)を誇るレジェンドであるという点を差し引けば、
「とある選手が禁止されているはずの客席からのコーチングを受け、注意されたら逆ギレし、ラケットを叩きつけて怒りをぶちまけ、警告が積み重なってポイントもゲームも失って負けた。」
というだけの話なんですわ。
で、それを、アホな運営側がレジェンドに忖度して「本当はあなたに勝ってもらいたかったけれど・・・」という臭いをプンプンさせながらインタビューした事に対し、「それはそうだけどもうブーイングをやめて、みんなで大人になりましょう!」という王者らしいスピーチをした、という話。
時代が時代なら、
チョトマッテ、チョットマッテ、オニーサーン!!!
と8.6秒バズーカーが出てくるレベルの茶番ですよ。
大人になるべきはあんただよ、セリーナ。
と言いたい。
 
思うに、セリーナ・ウィリアムズも昔は「何が正しいか」を追求してたはず。だからこそレジェンドと呼べるまでの実績を積み上げることができたのだろうし、歴史に残る女性アスリートとしてスーパースターになり得たのだと思う。
しかし、いつの頃からか、「誰が正しいか」を、すなわち「自分が正しい」を意識か無意識かにかかわらず、優先するようになってしまったのだろう。
だから審判に暴言も吐くし、神聖なるパートナーであるはずのラケットも粉々にする。それは、理由はどうあれ試合中にやって良いことではない。しかし、それが彼女にはわからなかった。
ただし、レジェンドでありスーパースターなので、自分を素晴らしく見せる事に関しては天才的。よって、あの「感動的」ともされたスピーチが生まれた。
いや待て、お前が原因だから。
そう思ったのは、僕だけなのだろうか。
いいえ、だれでも。公共広告機構。
登り詰めたみなさんは気をつけてください。すぐ転落するから。
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