ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

「万が一」を考えない人たちの頭の中。「リスクの自動減衰」に気をつけよう。 #1352

time 2018/09/14


 

保険家あるある経験談。

全国の保険に携わる人間たちが悩みに悩んでいる問題について解説しまぷ。

ただし、解決策はない。

***

死亡にしろ、ガンにしろ、僕たち生命保険に携わる人間は、それらが実際に発生したときのリスクについて、普通の人よりもはるかに詳しい。

たとえば死亡について。「ウチの旦那が死んじゃったら大変」と一括りにされがちな事象を、具体的に何がどう大変になるのか?死亡が起きた瞬間、数年後、数十年後まで、そして遺族年金や老齢年金、必要となる家のお金や教育費、その時のご家族の気分や感情まで考えて、プランを設計する。

保険家それぞれでその気持ちの濃淡は違うと思うが、プランを設計している瞬間だけは、対象となるご家族よりもその人たちの未来を真剣に考える。そんな覚悟でやっている担当者も多いのじゃなかろうか。

実際僕は二度顧客を亡くしており、いずれの時も遺族に対して保険金自体はきちんと払えたが、しかし胸がボコっと潰れるようなプレッシャーとあまりにも深い悲しみに、号泣するしかなかった。

 

んが!!!

一般的に、人は考えたくないことはあまり考えたくない。できることなら、そのための準備も最小限に抑えたい。普通に平和に暮らしているときに生命保険の話をするのが普通なので、「もしも」も「万が一」も起きていない顧客からは、真顔でこんなことを言われたりする。

「羅王さん、とは言ってもそんなに死なないですよね?だったらそんなに準備しなくてもいいんじゃないでしょうか?」

 

これは、説明するこちらの力量不足が原因ではある。が、根本的には生命保険を提供する側と購入する側で、頭の中で成立している方程式が異なることから起こる。

仮に、「子供が小さいうちに旦那さんが亡くなって諸々困る確率が10%」という前提で話をするとする。

その際、保険家の頭の中ではこういう式が成り立っている。

つまり、

起こる確率がどうであろうが、起きたらヤバイよマジで。だって実際起きたら100困るわけだし。

ということを言っている。

 

一方の顧客の頭の中では、こういう式が成り立っている。

起きる確率が10%なんだから、まぁ大丈夫っしょ。

そのための準備も10で良くない?

と言っている。これは万が一をあまり真剣に考えられていない場合に起こる頭の中の構造である。

個人的には、子供が複数人いて、奥さんが専業主婦などであまり働いてなくて、実家も裕福ではない場合に、自分がいなくなったときの経済的ダメージをまともに考えられない人は頭が悪いとしか思えないのだけど、実際少なくない人の頭の中はこうなっている。

 

そして大事なことは、保険家の説明が上手い上手くない、伝達力のあるなしなどとの変動要因を除けば、合理的には正しいのは前者の思考である。

どれだけ確率が低くても、起きた時のダメージは同じく甚大であるからして、家族持ち諸氏にはちゃんと色々考えてもらいたい。(独身に膨大な掛け捨て生命保険を売る方針の保険会社もあるが、それはちょっと違うのじゃないかと添えておく。)

別に「隕石が落ちて地球が滅びたら保険」とか、「バナナで滑って転んだら置いてあったスケボーに仰向けに乗ってしまって坂を下っていったらおばあちゃんにブチ当たってしまって怪我をさせてしまったら困るよね保険」といった極めて確率の低い事象に対する売っているわけではなく、

統計的にそれなり以上の確率で起こる事象に対しての保険を提供しているので、自らの「万が一」に対する認識はもう少し考えても良さそうなものなのになと、日々保険家をしながら思っている。

 

話を戻すと、起きにくい事象に対しての被害の見積もりを勝手な当て推量で見誤ること、すなわち、

「リスクの自動減衰」

は人間のサガであり、そして危険な思考なので気をつけようね、という話である。生命保険の場合は個人の価値観もあって結果は色々な形があって良いと思うのだけれど、この話、実は生命保険界隈の話に止まらない。

***

さて、最近の日本。この国全体に目を向けても、この「リスクの自動減衰」は起きているように思える。

特に災害/国防関係において、この思考の病は国のトップから僕たち市井の人々に至るまで、蔓延しているように思える。

激甚級の災害、たとえば首都直下型地震や、中国/北朝鮮の暴発(名指しですいません)など、「起きたら国が滅びかねない事象」に対する備えが甘すぎる。

理由ははっきりしていて、こういった事象に対処するための意思決定をするべき地位にいる人間も、あるいはそういった人たちを支持する側も、

確率が低い=大して準備せんでも大丈夫やろ

と思っているからである。

天気予報で夜は台風が直撃だと言っているにも関わらず、僕がさっさと会社から帰らずに帰宅難民になる、程度の話であれば、まだ良い。それは個別具体のリスク管理の話であり、迷惑がかかる範囲は極小だからだ。

しかし現実には国のトップや組織のトップがこの「リスクの自動減衰」に犯され、意思決定と準備を怠ることが多い。

起きた時の被害の大きさのとその対策の話をしていたはずなのに、いつの間にかそれが起きる確率の多寡の話になり、しまいにはもっと緊急性の高い、しかし重要性の極めて低い事象に話の中心が移っていく。

思考が鍛えられていない人間がトップになると、国や組織はすぐに緊急性は高いが大して重要ではない事象に目が向くようになる。それは、多くの人間をそのうちに不幸にする。

 

たとえば不動産投資の業界では、「かぼちゃの馬車」を中心とするシェアハウス問題、そこから派生した「スルガ、ハンパないって!」問題により、「蛇口」が閉まり、大変なことになった模様。

案件があっても銀行の融資が通らず、多くの業者が干上がったようだ。

そういう状況下でもなんとかContingency Planを立ち上げて業績を最低限確保した会社と、ただただ蛇口が再び開くことを期待して何もしなかった会社とで、雲泥の差が生まれたと言われている。

これは、「銀行が融資基準を厳しくしたらどうなるか?」という「万が一」を、市況が良いときにきちんと経営者が脅威評価できていたか否かに依る。

銀行の融資が厳しくなるという有事に対する被害予測を、確率同等の低レベルに評価していた経営者が率いる会社は壊滅したし、「もしも」と「まさか」を甘く見なかった会社はギリギリのところで踏みとどまった。

 

まとめると、

「万が一を考えるときはちゃんと考えようね!!!

リスクの自動減衰に気をつけようね!!!」

という超当たり前の話だったことは秘密です。

あ、防災セット揃えなきゃ。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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