ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

大人が見習うべき、子供たちが誇る10個の強み #1362

time 2018/09/24


 

最近、休みの日には3才になった2号機と一日中一緒にいることが多い。

1号機は習い事やなんやで忙しく、奥方は休日ぐらい一人になりたいとのことでどこかへ。そうすると、一番手間のかかる2号機と、一番役に立たない僕が家に残されることとなり、公園からお昼寝からご一緒させていただくことになる。

おしゃべりがスパークしつつある年齢のため、言ってくることがいちいち面白い。最近言われてビビったのが、

「パパ、おはなししてるときはケータイやめてっていってるでしょ!」

「(寝る間際に)ねぇねぇ・・・、あいちてるよ」

注意されるわいきなり告白されるわで、パパの精神を揺さぶりって夢中にさせることがとてつもなくうまい。

一方、お姉さんである1号機は習い事が忙しくなかなか遊んでくれないのだけれど、いつの間にかまだ知らないだろうと思ってた世界をたくさん知るようになったようだ。

たとえば、いつの間にかいろんな漢字が読めるようになってて、驚かされることしばしばだし、暗算も二桁ぐらいまでならできるらしい。パパはできないぜ、ガッデム!

クラスの子にど突かれただかで泣かされたらしいのだが、「ちゃんとやり返した?」と聞いたら、

「パパ、しらないの?

自分がされたらいやなことはひとにしちゃいけないんだよ。」

とガンジーばりに非暴力なコンプライアンス満点回答がきて説教を食らうハメになった。

 

うーん、どちらも僕が目指す人間像そのまんまなんじゃないかと思うぐらい、人間ができてる。8才と3才に嫉妬する38才というダサい構図なのだけれど、この2匹の珍獣を見ていると、

果たして親である自分が教えることはあるのか?

という思いにいつも駆られる。そして結論。

ない。

悲しいけどこれが事実。しかし逆はあると強く思う今日この頃。

***

子供達を見ていると、気づかされることが極めてたくさんある。

もちろん、自分たち大人の方がたくさんの年月を生きている。だから、知識的なもの、ノウハウ的なものは当然のことながら僕たち大人の方が潤沢に持っている。

まだギリギリ、国語の指南とか、台形の図の面積の求め方ぐらいなら、教えることができる。

 

だがしかし、こと「成長」ということに関しては、圧倒的に子供たちの方が優れているように見える。優れているどころか、頭を垂れて教えを乞うべきと言って良いぐらい、彼らは成長に関するノウハウをそれと知らずに体得している。

しかもウチの子供たちだけじゃなく、ほぼほぼ全ての子供が、この「成長」に関するエトセトラをマスターしている。

子供を持つ親たちは、我が子をよく観察してみると良い。独身やDINKSだったとしても、その辺で暴れてる子供をつぶさに観察してみると良い。

そこには、実は僕たち大人が課題としていること、社会から求められていること、研修や仕事で「ここが足りんよ」と突きつけられているものに対する答えがある。

以下、我々大人の課題であり、子供たちが自然とできていることについて触れてみたい。

***

1、誰とでもフラットに接する

相手が社長だろうがLGBTだろうが、子供には関係ない。海軍大将だろうが、七武海だろうが四皇だろうが関係ない。子供は相手の属性ではなく、一人の人間として接する。良い人か悪い人か、好きか嫌いかも、目の前の人がどんな属性かを全く関係なく判断する。大人よりよほど人を見る目がある。

 

2、原則、誰とでも仲良くする

ダイバーシティが叫ばれている現在、様々な人種、年齢、出自、属性の人たちをいかに幅広くうまくやっていくかは、大人たちに、特に閉鎖的な環境に生きてきた日本人に問われているところ。子供たちを見ていると、別に相手がガイジンだろうがなんだろうが関係ない。ちょっとの逡巡のあとに、あっという間に仲良くなっている。大人も見習うべし。

 

3、やりたいことに対して素直である

ホリエモンやZOZOの前澤社長が言ってるような内容は、要約すれば「やりたいことをやれ」というもの。これ、ほぼ全ての子供ができている。そしてなぜか、彼らの師匠であるはずの大人はできていない。もともと我々はああだったのだから、いつでも戻れるはずなのに。

 

4、やるべきことを、好きか嫌いかに関わらずやる

ほとんどの子供は、勉強が好きではない。でも親や先生に怒られるから、叱られるからやる。そうしていつのまにか、苦手だったこと、できなかったことができるようになっている。それは、カリキュラムにしたがってやるべきことをやっているからだ。好きか嫌いかは関係ない。ただ必要だからやる。すると能力が伸びる。こんな簡単なことが、大人はできていない。あーだこーだ言い過ぎ。

 

5、できるようになるまで死ぬほど繰り返す

ひらがなカタカナ漢字、九九やその他四則演算など、全ては繰り返しに繰り返しを重ねて、僕たちはできるようになってきた。サッカーではインサイドキックを、野球では素振りを何万回と繰り返したはずだった。なのに、大人になってから、僕たちは繰り返しの大切さを忘れてしまっている。ちょっとやってはできないと諦め、ちょっとやっては違うやり方にすぐ逃げる。子供たちは全員、できるようになるまで数千回繰り返す。

 

6、完璧なリズムの1日

うちで言えば朝6時に起き、7時半に家を出て、色々やって21時に寝る。このリズムは1年間に渡って崩れることはない。適度な運動も1日のスケジュールのなかにきちんと組み込まれている。ちなみにお父さんはと言えば、こないだの休みの日に13時まで寝てしまったこともあるし、朝5時に寝ることもある。やらないときは数ヶ月カラダを動かさなかったりする。人生の出来は最高速度ではなく巡航速度で決まるので、圧倒的に娘たちの方が生産性が高いと毎日痛感させられている。

 

7、やりたいことを少しと、やるべきことをたくさん

ゲームは1日1時間まで、とか、テレビは朝と夜の30分ずつ、とか、子供が好きそうなことは大体時間が決められている。休み時間にしても、大好きなドッジボールを2時間も3時間もできることはなく、20分休みや昼休みにやるしかない。いつも足りないと思いながら、子供たちは勉強に向かう。7つの習慣風に言うと、子供たちは第2象限を完璧にこなしながら毎日を生きている。「今週は国語の時間が5時間あったんですが、2時間しかできませんでしたわー」などということはまずない。

 

8、あらゆるものをこじつける

子供たちは、遊びに命をかけている。だから、缶一個が転がっていればそこから缶蹴りを始めるし、広場があれば鬼ごっこに、マットがあれば相撲が始まる。目の前にあるもの全てを「遊び」にこじつける力を子供は持っている。子供にとって遊びが大事なように、大人にとっては仕事が大事。だから、子供と同じように目に入るあらゆるものを仕事にこじつけることは出来てしかるべきだと思うのだけれど、ほとんどの大人はこれが苦手。仕事は仕事で、仕事中に目に見えるもの以外は仕事に見えないようだ。実際はめっちゃその辺にネタが転がっているのだけれど・・・。

 

9、適度に今しか見てないので悩まない

考えるのは良いが、悩むのはあまり意味がない、というのは、大人はみんな分かっている。しかし悩んでしまい、結果的に時間を無駄にすることが多いのが大人の習性。これは主に、自分にとって遠すぎる事象について、もしくは自分にとって大きすぎる事象について発生する、非生産的な行いだ。子供たちはほぼ悩まない。うちの娘を見てても、「うーん」と一瞬の逡巡を見せたのち、「ま、いっか。やってみないとわかんないし。」とほぼ突撃である。羨ましい。結局できることしかできないし、それは大抵明確なのだから、本来は悩むなんてのは必要ないはずなんだけど、子供には出来て大人にはなかなかできない。

 

10、毎日が全力、毎日が100%

朝起きて全力でごはんを食べて、全力で学校に向かい、全力で勉強したり遊んだりして、また全力でごはんを食べ、風呂さえも全力で、全てを出しつくしてパタンと寝る。理想以外の何物でもない生活を子供たちはしている。新橋の高架下で親の悪口を言いながらビールを飲む子供も、やりたいことが見つからないとか言いながら穴蔵に引きこもる子供も、存在しない。全力なんて、出すのが当たり前。100%なんて、出すのが当たり前。カッコよすぎるぜ子供たち。

 

というわけでまとめてみた。

子供たちスゲーぜ。そんなわけで僕は毎日子供たちに弟子入りして色々教えてもらってまふ。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。